『How to 嘘』


 人は嘘をつく。
 そこに意図や意思があろうがなかろうが、人間である以上もれなく全員嘘をつく。
 「いや、私は嘘をついたことがない」という輩がいるとしたら、もうその発言が嘘であり、そういう間抜けは発見し次第あなたの脳内デスクトップの “アホ” のフォルダに入れといてあげるといいでしょう。もしくは、“冗談の切れ味の悪い人” フォルダ。
 とにかく、その是非に関わらず嘘は人間における必需品だ。
 なぜかといえば理由は明白で、一つには今のこの世の中にあって嘘をつかなかったらあっという間に殺伐とするということがある。
 例えば合コンなんかいって「お待たせ〜」なんつって、目の前に顔面がバラモスみたいな女が現れたとして、「いや〜、君の顔ってバラモスみたいだよね〜」なんて言ってごらんなさいよ。運がよくて「バラモスってなぁ〜に?」、そうでなければ確実にムッとされるか、イオナズンで吹っ飛ばされるわけである。これを国単位で考えたらば、それはもうド偉いことだ。
 つまり、思ったことを思ったまま口にしているだけでは関係は築かれないように、素直でいたりありのままでいることが必ずしも正義ではないということである。
 概ね人は “嘘” と聞くとすぐに悪いイメージを持つ。確かに人を “ダマす” という視点に立てば好ましいものではないのだが、しかし、嘘をついたヤツが本当の意味で悪いヤツかというとそれは一概に括れない。
 なぜなら、意識的にせよ無意識的にせよ嘘をつく側にも嘘をつく心情というものが必ず存在するからだ。
 “怒られたくない”
 “傷つけたくない”
 “バレたくない”
 “悲しませたくない”
 “嫌われたくない”
 “波風立たせたくない”
 そこには善かれ悪しかれ状況を悪化させまいとする、その人なりの事情があり、それは時に同情に値する。
 したがって嘘をつく行為に関してはボクは常々こう解釈するようにしています。
 「バランスをとっている」
 そう捉えると大抵の嘘に寛容になれるものだが、しかしまぁ、やはり嘘が人を傷付けたり自分を貶める諸刃の剣である以上、嘘をつくのであればそれなりの覚悟と責任、そして嘘を貫き通す信念を持たなければいけません。
 そこで学生時代のメモリーを一つ。
 これは自慢でもなんでもなくただの愚行だったのだが、ボクは大学時代、学生の分際でマイカーを所持していた。
 免許を取ったテンションで向こう見ずにローンを組んでの購入。無論、自分でバイトしてヒーコラ支払いしたのだが、学費はもちろん、一人暮らしの生活費を親に払ってもらっておきながらのこの仕打ちは、当時いろんな友人・知人の軽蔑をさらった。
 車種はトヨタの「デュエット」。
 「このデュエットで誰とデュエットするんだい!?」というのは、仲間内でのお決まりのイジリであったが、蓋をあけてみれば何てこともなく、ただひたすらにみんなのアッシー君になるというのが関の山で、その頃のボクの携帯はいつだって送迎のテレフォンショッキング。
 ある夏の終わりのこと。
 朝から台風が直撃していたその日。お家でおとなしく睡眠学習していたボクの携帯に、友人のジェームズ・マーシャル竹内こと “ジミT”、通称・ヒデヘンドリックス君というガーリックボーイズとあゆ(浜崎あゆみ)が大好きなクール・ガイから連絡が。電話に出ると電話口にはヒデヘンドリックス君ではなく、彼の当時の彼女、神戸学園都市の女マフィア、スカーフェイスの異名を持つヒロちゃんが完全に舐めくさった口調で寝起きのボクにこう言うのであった。
 「海行こぉ〜〜〜〜〜〜♡」
 これは要するに「私達は海に行きたいから車で連れていけ」という意味であり、要するに車目当てのテレフォン・コール。はっきり言って迷惑なのだが、この日に限っては迷惑云々以前に、外は台風。
 「いや、だって、台風......」
 と、言い伏せようとしたところで、ボクはカーテンからこぼれるララ サンシャインに気付いた。
 「台風はとっくに過ぎ去りましたぁ〜♡ というわけで、駅前までお迎えヨロシクぅ〜♡」
 台風の足早さたるや夢の如しである。しかし、こちとらにも断る権利がある。オレが毎回貴様らの呼び出しに応じると思うなよ。
 お断りモードON。
 「いやぁ〜、海はまだ危ないんじゃないかなぁ〜......」
 「大丈夫大丈夫♡ あとね、カワイイ友達のコも誘ってるから!」
 「40秒で支度します」
 というわけで、車かっ飛ばしてお迎え地点に向かうと、そこには完全に彼女に言われるがまま・流されるままそこに立ち尽くしているヒデヘンドリックス君と、シャチの形のデッカい浮き輪を持ったヒロちゃんがスタンバイ。二人をピックアップしたのち、次はヒロちゃんのお友達を拾いに向かう。
 「オ、オホン! そのぉ〜、何だ。お友達のコというのはどこのお嬢さんかね?」
 鼻の下を伸ばしながら聞けば、これがどうやらヒデヘンドリックス君の元バンド仲間と付き合っているKちゃんということで、ロマンティック浮かれモードから一気にリアリスティック白けモードへ。ヒロちゃん、あんたね、彼氏持ちのコなら彼氏持ちのコと最初に言いなさいよ!!
 このまま六甲山に行って捨てて帰ってやろうかと思ったが、大人なので我慢しました。
 Kちゃんをピックアップし、いざ、近所のビーチへ。
 気分はもはやタクシーの運ちゃんだったが、それでもすっかりピーカンになった空の下、海までの道を車窓からシャチの浮き輪を飛び出させながら、桑田佳祐とか流しちゃったりして、みんなでコンビニで買ったポテチを砕いて粉にして鼻から吸ったりなんかしてると、これがどうにもサティスファクション。青春してまーーーす!みたいなね。悪くないのである。乗り気じゃなかったのに徐々にノっていく不思議ね。こういうことがあるからアッシー君も捨てたもんじゃなかったり。
 で、ビーチに到着。
 普段は車でパンパンの駐車場も、台風通過直後もあってさすがに一台も車は停まっていない。
 車を停めてビーチに駆け出せば、もちろんビーチも人っ子一人いなく、完全に貸し切り状態。
 水着になってヒロちゃんが海に飛び込めば、全く海に入る気のなかったヒデヘンドリックス君とKちゃんも水着を持ってなかったのだが服のままザプ〜ン。流されない男こと同調性のないボクはといえば、当然クールに荷物番。KinKi Kidsの『ジェットコースター・ロマンス』のPVのような光景が目の前で繰り広げられる中、「お〜い」なんていって海ではしゃいでいるみんなに手を振りながらボクは思ったよね。
 “あのビショビショになった連中を車に乗っけるのか......”
 車の心配である。
 しかし、まぁ、ボクは寛大なので大目にみることにしました。
 一頻り楽しみ、今年最後の夏を満喫したボクらは、日も落ちかけてきたところでそろそろ帰ることに。
 荷物をまとめ、車に戻り、車内に乗り込もうと車のキーを取り出す。そして鍵穴にキーをイン、その瞬間だった。ボクはある異変に気付いたのである。
 鍵が鍵穴に入らない。
 “あれ? 車、間違えたかな?” ......もなにも、駐車場にはボクのデュエットちゃんしか停まっていないわけで。ふとドアノブを引いてみたらばアラ不思議。鍵がかかっているはずなのに何とドアが開くのである。
 一瞬頭が真っ白になった。が、よ〜く見ると鍵穴がネジ曲がっていることから事態を把握したボクはみんなに向かって蚊の鳴くような声で報告した。
 「車上荒らしにあったかも......」
 「えっ!?」
 全員が固まった。
 事態を飲み込みきれない面々は、完全に沈黙のテロリスト。
 ユーミンの『ノーサイド』のイントロがしっくりくるような儚い時間が流れる中、正気を保ちつつ、とにもかくにもボクはまずみんなに確認した。
 「誰も車に荷物置いてなかったよね?」
 ボクを含めヒロちゃんもKちゃんもみんな手に自分の荷物を持っていたので最悪の事態は免れたと思いきや、視界の端でヒデヘンドリックス君がそ〜っと挙手 & 発表。
 「あのぉ〜、オレ、カバン車に置いてきた......」
 「あぁ......」
 全員が嘆息をついた。
 ドラクエのほこらで流れてるような暗い旋律がヒデヘンドリックス君の背後から聴こえてくる。すぐさま車内を確認するも、案の定ヒデヘンドリックス君のカバンはどこにも見当たらず......。
 と、誰よりも必死になっているヒデヘンドリックス君が何かを発見する。
 「あっ!」
 「どうした!? ヒデヘンドリックス君!!」
 「助手席の下にコレが......」
 プリクラだった。
 どうやらヒデヘンドリックス君がカバンに入れていたものらしく、キャピついたヒロちゃんがそこには写っていた。
 「ねぇ、どういうこと?」
 違う角度でヒロちゃんが怒りだした。
 ともあれ、どこをどう探しても車内に残っていたのは素気無くご返却されていたそのプリクラだけ。やはりカバンは盗まれたらしい。
 カバンに入っていたものをヒデヘンドリックス君に聞いたらば、その内容は当然の貴重品オンパレード。
 「家の鍵、原付の鍵、携帯、財布......」
 「財布の中は? いくら入ってたの?」
 突っ込んで聞くと、ヒデヘンドリックス君が “今日に限って......!” といった表情で泣きそうな声で応えた。
 「3000円......」
 “なんだ......”
 ほんの一瞬全員の同情が緩んだ。が、とにかく警察に連絡である。
 110番したところ、お巡りさんが現場にやってくるということでやり場のない怒りを抑えつつひとまずはその場にステイ。そこそこ待たされたのち、警察がチンタラやって来ると早速我らがヒロちゃんが噛み付いた。
 「あんたら、一体どこで何を見廻っとんじゃい!!!」
 さすが神戸のジーナ・ローランズ。男前ナンバーワン。ここぞとばかりに警官に当たる当たる。
 しかし、警察サイドもこの手のやり取りには慣れっこなので、平然とボクたちを諭してくる。
 「台風の日に海で泳いじゃダ〜メだよ〜。危ないでしょが〜」
 とりあえず事情聴取するということで、怒り狂うヒロちゃんと打ち拉がれるヒデヘンドリックス君、沈痛な面持ちのKちゃんをボクの車に乗せ、近くの交番まで同行。
 交番につくと、一人のお巡りさんがボクのデュエットちゃんの写真を撮ったり、指紋採取で粉をポンポンしたりし始めた。そんな様子を横目に交番の中に入ると盗難被害にあったヒデヘンドリックス君の事情聴取は進められた。
 事の成り行き、被害状況を説明し、話が盗まれたものの詳細に及ぶと、事が発覚してからずっと怒り続けているヒロちゃんが警官に詰問する。
 「盗まれたものは返ってくるんですよね!?(怒)」
 と、返す刀でお巡りさん。
 「えぇ、捜査はします。でもまぁ〜難しいですね」
 「キェェええええエェエエーーーーー!!!」
 「ヒロちゃん、落ち着けーーっ!!」
 ボクとKちゃんでヒロちゃんを抑えつつ、聴取は続く。荒れる現場。空気は殺伐とし、もはや誰の顔にも笑顔はない。
 そして、お巡りさんの質問が財布の中身へと向けられたその時、場の空気が一変する出来事が起こった。
 「え〜っと、じゃあ、財布の中は現金はいくら入っていましたか?」
 と、悲愴感からかどんどん影が薄くなっていって、もはやどこに座っているのかみんなが見失いかけていたヒデヘンドリックス君が、静かな声でこう応えたのである。
 「3万......」
 えっ!!?
 全員がヒデヘンドリックス君を見た。
 “コイツ......!!”
 そう。さっき聞いた時3000円だった金額がまさかのクイズ世界はSHOW by ショーバイ(倍)!!
 怒っていたヒロちゃんが咄嗟に両手で顔を覆った。Kちゃんも交番の窓の外を見た。ボクもTシャツの袖に口を当てた。
 全員が必死で笑いを噛み殺す中、まるでその状況を察知したかのようにお巡りさんがもう一度ヒデヘンドリックス君に確認する。
 「3万円? ピッタリ? 小銭は? 覚えてない??」
 するとどうだ。
 急〜に我に返ったのかヒデヘンドリックス君、尋常じゃないニヤケ & 動揺をみせ始めたのである。
 「あのぉ〜、そのぉ〜、え〜っとぉ、エヘヘ......。たぶん、そのぐらいだったような気がするような...... タハハハ...... あぅあぅあぅ......」
 “落ち着きなさいっ!!”
 全員が心の中で叫んだよね。
 『ナオミとカナコ』というドラマの中でも、殺しをやった内田有紀と広末涼子が警察の問い詰めに “犯人です” と言わんばかりの動揺をみせていたが、これはもう嘘をつくうえで一番ダメな人の態度。
 後でこの時の心境をヒデヘンドリックス君に聞いたところ、“盗まれたものがどうせ返ってこないなら......” という軽い気持ちからのささやかなカサ増しだったらしいが、それは全然いいのだが、やはり口にする事柄が(事実が知れれば誰かの状況が暗転するような)嘘である以上は嘘をつく自覚はもちろんのこと、まずそれを真実として貫き通す意思を持たねばいかん。
 これは何事においてもそうなのだが、中途半端というのはキマリが悪い。そういう態度が事態を余計難儀にするということは往々にしてあるわけで、嘘をついたのであればギリギリまではとにかく、その花を咲かせることだけに一生懸命になったほうがいい(SMAP)。ついては、それがある場合において思い遣りにもなるわけで。
 最初に “覚悟” と “責任” と言ったが、十字架を背負ってダマしに徹すること、相手をダマし抜く努力をすること。それが嘘をつくうえでの責任であり、嘘をつく相手への礼儀でもあるのだ。
 まぁ、人間というのはおおよそ誰もが清廉潔白でありたいと願うものゆえ、嘘をつけば罪悪感に苛まれ、ややもすれば二の足を踏みがちにもなるのだが、しかし冷静に考えてもみて欲しい。罪悪感に従順になったとて果たしてそこにどれほどの良心が存在するものか。素っ気無い言い方かもしれないが、それも所詮は保身なのだ。相手のことを考えているようで実際は自分のことを考えていたりして、単純に自分が楽になりたい・救われたいがために嘘を白状して。悪者になりたくない意識がそうさせるのだろうが、そっちのほうがよっぽど根性が悪いということもある。
 嘘をつくことで付き纏う罪悪感や後悔や不安みたいなものを全て背負って生きていく覚悟のないものは、そもそも嘘をつく資格なんてない。要するに、全てにおいて腹を括る、それこそが嘘の流儀なのである。
 言い草はもう完全にペテンのオジさんだが、とはいえ、嘘の在り方も多元的なので例外もあれば状況によるというのが実際のところで、結局重要なことは、そういう諸々の実情を踏まえたうえで、どういう分別をもって事に当たるかということ。
 こういうことに理解の乏しい人は、「優しさ」のような人の機微にもとことん愚鈍なのだろうが、とにかく、嘘の善悪は嘘をつく側の根性にも懸かっている。
 つまり、この時のヒデヘンドリックス君は “嘘つき” としては完全に落第。
 ただ、その内容に関しては、これは『スモーク』という映画に描かれるクリスマスエピソードのような「良い嘘」であったことは言うに及ばずで、ヒデヘンドリックス君の小さな嘘が殺伐とした現場に一輪の花を咲かせ、そして、帰りの車中もボクらはこの話題で大いに賑わいながら帰路につけたのであった。
 とはいえ、結局肝心のヒデヘンドリックス君の盗まれた品々はというと、やはりその後戻ってくることはなく。
 あの日の帰り道もみんなの同情の全てはヒデヘンドリックス君に注がれていたわけだが、みんなを送り届けた後、ふと冷静になったボクはある現実に気付くことになる。
 “あれ? っていうか、オレも車のドア破壊されてんぢゃん......” と。
 自分も歴とした被害者だという事実を前に切なくなった。
 が、ボクは器のデカい男ですから。もちろん、良い思い出になったということでヨシとしましたけどね。
 (というのは嘘で、帰って家で泣き叫んだのでした。)


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