『人格の指標』


 自分のことは自分が一番よくわかっていると思いたいところだが、実際人は自分のことをどれほどまでわかっているといえるものなのだろうか。
 そもそも自分がこうであるという保証もなければ、こうであるから自分であるという確証もないわけだから、判断したとて如何わしい。
 よーわからんのである。結局のところ。
 ボクらが認識するところの自分だとか他人なんてものは所詮時々の傾向や思い込みや願望なんかの総計にすぎず、根本的にイメージの域を出るものではないということだろう。
 まだボクが神戸で会社員としてシコシコ働いていた頃。同期の営業にMという男がいた。
 容姿端麗。身長180cmとスタイル抜群。快活で清爽。
 100人いたら100人が「カッコいい」と口を衝くであろうその納得の佇まいに、すれ違う女性は皆、ぬンコをマらす。小さい頃からサッカーをやっていたらしくスポーツ万能。ユーモアセンスにも長け、人当たりもいい。
 とにかくボクがそれまで知り合ってきた男の中でぶっちぎりにイケていたM。
 そんなMとボクは当時営業とその担当デザイナーという関係にあって、毎日遅くまで仕事をこなし、困難を乗り越え、まさしく戦友と呼べる間柄を経て、どんどんその仲を深めていったのだが、仲良くなっていくと徐々に垣間見えてくるのが、その人の職場以外のプライベートな部分。
 出会って間もない頃には、そのパーフェクトぶりに羨望を通り越して感動すら覚えていたボクだったのだが、親交を深めることによってMのある意味納得ともいえる別の顔を知る運びと相成った。
 ヤリチンだったのである。
 とにかく女関係が奔放。というか、もはや乱暴。
 その生態は、彼女はいるがナンパしまくり、合コン三昧、他の女ともヤリまくり、キャバクラ大好き、風俗上等、とにかく自分に寄ってくる女は迷わずペロリという、もう、チンポコに手と足が生えたような男だったのである。まさに女の敵とも呼べるようなMの実態。
 しかしまぁ〜冷静に考えてみればだ。そりゃそうなっちゃうよな、という話でもあった。
 映画『ブルーバレンタイン』で、初対面のカワイ子ちゃん(ミシェル・ウィリアムズ)に対してライアン・ゴズリングがこう言い切るシーンがある。
 「君は悪女だ。でも気にするな。それは君のせいじゃない。周りがチヤホヤするのが悪い」
 つまり、Mぐらいイケてればそりゃ嫌でも女が寄ってくるというもんで、不可抗力。しょうがないのである。
 その証拠に、自身の女関係を語るときのMの表情は恐ろしいほどイノセント。まったく悪びれた様子はなかった。
 一長一短。いやはや、イケてるというのも善し悪しということか。
 とはいえ、そんなMの内情に人としてボクが逆に安堵したというか、親近感を覚えたことはいうまでもなく、Mとの良好な関係は日々築かれていった。
 が、その後、ボクは会社を辞め上京することに。しばらくすると、Mも会社を辞め上京。場所を東京に移し、交流は続いていたのだが、所変われば品変わる。環境が変われば優先順位も変わるといった感じで、近しくなった関係もみるみる疎くなっていき、結局、東京で新しく出来た彼女と同棲しているという情報を最後にMとの交流は途絶えてしまうこととなる。
 そんなわけで、すっかりMとは疎遠となっていたわけだが、ある年の暮れのこと。そんなMから久しぶりに連絡が。1年以上ぶりぐらいだったろうか。“飲みにいこう” という話になり、再会することに。
 都内居酒屋にて仕事上がりのMと待ち合わせ久々の対面。営業がすっかり板に付いたMの風格はもはや終電でみかけるオッさんサラリーマンのそれになっていたが、とはいえ、それでもまだまだキーポン・イケメン。男としての魅力は健在であった。
 そんなMに余計なイントロは時間の無駄と踏んだボクは乾杯もほどほどに早速そっち方面の近況を聞いてみることに。
 「いや〜、最近は人妻と風俗嬢と同じ会社のデザイナーと取引先の人ぐらいっスよ」
 『めぞん一刻』の三鷹のように爽やかな笑みをこぼしながらMは応えた。
 相変わらずである。
 つまり4股中だと。しかも「ぐらいっスよ」と謙虚さを滲み出してる辺り、まだまだ “若輩者” 意識が窺える。いやはや末恐ろしや。
 続けてふと気になったことを聞いた。
 「同棲してるって言ってた彼女はどうしたの?」
 「ウィッス! まだ同棲してます!」
 聞いたオレがバカだった。
 期待を裏切らないチャラさだよ、コイツ!
 人妻と、風俗嬢と、同僚と、顧客と、彼女て、もうドラクエ4だったら2人馬車である。
 挙げ句、こちらが呆気にとられているのもお構いなしに、はたと何かを思い出したMがさらに追加メンバーを発表してくる始末。
 「あっ、あと最近知り合いの先輩にハメられて出会ったコが一人......」
 出てくる出てくる。もう、この人は掘らんでも出てくるわ!
 もう笑うしかない。よぉ〜し、全員集めてバレーボールチームでも作っかぁ〜! と、こちらがおどけてみせたところで、ふとMのテンションがトーンダウンしてることに気付く。
 Mはアンニュイな雰囲気で静かにタバコに火をつけ始め、天井を見つめながら煙を吸い込み吐き出すと、一拍置いてポツリ、ボクに向かってこう呟いた。
 「そのコがちょっと今悩みの種なんスけど......、ニシノくん話聞いてもらえます?」
 おや? なのである。
 その先輩にハメられて出会ったというコと何かある面持ち。
 コイツが女のことでまごつくなんて、相当 “らしくない”。
 「面白い!」
 まだ何にも話を聞いていないがボクは膝を打った。
 で、事の次第を聞く。
 始まりは、知り合いの先輩営業マンから仕事関係でいいコネを紹介してやるといわれたことだったという。
 実際に先輩の仕切りでその人との飲みの場が設けられることが決まると、その当日。現地集合ということで先輩の指示するお店に向かい、Mはまず驚いた。今まで入ったこともないような高級料亭だったのである。
 “コワい!”
 Mは思ったという。
 そして女将調の店員に案内された先は、薩長同盟でも結ばれるかのような荘重な雰囲気の個室。
 「イヤな予感がしたんスよぉ」
 Mのその予感は現実のものとなる。
 店員が引き戸を開けると、そこには知らないオッサンと女性が並んで座っており、二人と向かい合うように襟を正したMの先輩が厳粛な空気を醸し出してスタンバっていたのだ。
 Mはそのレイアウトをみてすぐにピンときた。
 そう。お見合いのフォーメーションである。
 実際、そこにいた女性はその知らないオッサンの娘であり、早い話が娘のためにと親バカオヤジによって仕組まれたお見合いだった。
 一気に気が滅入るM。
 “適当にやり過ごそう”
 当然、こう思ったらしいのだが、事態はその見知らぬオッサンのもつ肩書きによって泥沼の様相を呈することになる。
 なんとそのオッサン、某超有名バッグブランドの専務だったのである。
 “ターーーイムッ!”
 Mのインサイド・ヘッドでは緊急ミーティングが開かれた。
 “オイシイ!!”
 誰でもそう思うだろう。めちゃくちゃいいコネなのである。もし、この娘さんと付き合って、はたまた結婚なんてことになれば、“はい、逆玉の出来上がり” である。
 とはいえ、現実はもちろんそんなにシンプルではない。
 下手に首を突っ込むと大変なことになりそうな案件であることには間違いないし、何より事態を複雑にしていたのがお嬢さんのその顔面。
 なかなかの個性派。
 溢れ出て然るべきMの野心は彼女の風貌によってグイグイ押さえ込まれていく。
 「ニシノくん。ボクだってね、誰でもいいってわけじゃないんです」
 Mが紫煙をくゆらせながら静かに注釈した。
 しかし、当然その時のMに選択肢などなかった。
 そりゃそうである。Mの立ち位置からすれば、こんなもん接待であり、場を盛り上げるしかないのだ。先輩の顔に泥を塗るわけにもいかんのである。
 とりあえず、Mは持ち前のコミュニケーション能力を発揮し、当たり障りなくオモネった。が、元来抜群の媚びテクを心得ているMである。好印象な見た目も相俟ってか、専務のオッサンはというとすっかりMをお気に召してしまったご様子。
 お嬢さんに至ってはもはやMにぞっこんLOVEといった調子で、会食は “お見合い大成功” という不本意なムードをもって幕を閉じてしまう。
 そしてその日を境に新たに幕を開けることになったのが、お嬢さんからの熱烈アプローチ。
 尋常じゃないほどのデートのお誘い。結局、いろいろな事が頭を過り、断りきれず、Mは進行形でデートを重ねまくっているという状況らしい。
 そこまでの流れを飲み込みつつボクは恐る恐るMに聞いた。
 「......で、ヤッたの?」
 一瞬の沈黙が辺りを押し包んだ。
 Mは短くなったタバコを灰皿に押し付けると、ボクの目を見据えキッパリとこう応えた。
 「ヤッてないッスよ」
 ほひゅぅ〜。よかった。コイツもそこまで野獣ではなかったようだ。安心したぜ。
 「でもね......」
 でも?!!
 Mが悲しい目をして続けた。
 「そのせいか余計に気に入られちゃってるみたいで......」
 ♪ I will follow you〜 ちょ〜っぴりぃ〜 気が弱いけど す〜てき〜なぁ〜 人だか〜らぁ〜〜 ......ってか。
 皮肉なものである。
 下手に手を出して泥沼にハマらないようにと(生理的な問題もあっただろうが)何の手も出さずにいたことが、逆にお嬢さんの心の火に油を注ぐことになるという......。
 結果としてプラトニックな交際を続けるMに対し、お嬢さんは会う度、何度も何度もこう言ってくるらしい。
 「こんなに誠実な人、今まで見たことがない」と。
 Mは言った。
 「ニシノくん。あのコは一体オレの何をみて、誠実って言ってんスかね?」
 ......わからない。
 お嬢さんのMに対する認識にボクがピンとこないのは、当然、Mの女癖の悪さを知ってのことだが、でもまぁ〜ひょっとしたら、その部分を抜きにすれば誠実といえなくもない...... か? いや、どうだろう。
 しかし、仮に女性に対するMの関わり方がいわゆるノーマルであったとしてもだ、人間が動態である以上、結局それだっていつひっくり返るかもわからないわけだから、実体は藪の中なのである。
 「ニシノくん〜! ボクどうしたらいいんスか〜!?」
 今度お嬢さんのご両親と会食しなければいけないらしく、ビールをガブ飲みしながらMが嘆いている。
 もし今この場に江口洋介がいたらきっとこう言うのだろう。「そこに愛はあんのかい?」と。
 察するに、ボクとしてはさっさと退くことをオススメしたいところだが、しかしまぁ〜こればっかりはもはや本人が何を優先するかという話になってくるわけで、M次第である。
 ピロピロピロ...... ピロピロピロ......。
 と、テーブルの上に置いてあったMの携帯が鳴った。
 「ひょっとして...... お嬢さん?」
 ボクが聞くと、メールを確認したMがケロリと応えた。
 「違います違います。さっき言った会社のデザイナーのコっス! このあと会うんですよ!」
 いや、何なんだお前は!!
 悩んでんのか!? 貴様はホントに悩んでんのか!!?
 何というか、ブレない男なのであった。
 ヘタしたら病気なだけかもしれないが、もしそこに何か強い意志があるのだとしたら、これを人は “信念” というのだろうか。こんな信念もどうかと思うが......。
 とはいえ、逸れるようだが、実体の掴みずらいボクらにとって、ブレないということはある意味大切なことである。
 かつて尾崎豊は、“僕が僕であるために” は “勝ち続けなきゃならない” と歌ったが、この歌詞の意味するところもすなわちそういうことなのだとボクは思う。
 “信念を持って事に当たる”。当たり前のことのようでこれを実行出来ている人は少ない。が、これこそが、ブレないための正攻法であり、可変する人格の一つのメルクマールに成り得るのではなかろうか。......まぁ、信念を持ってやっていたとしてもやっていること自体が正しいことかどうかは別の話になるのだが。
 メールを返信するMに向かってボクは呆れつつも続けて質問してみた。
 「ねぇねぇ。そのデザイナーのコと、このあとヤルの?」
 心外そうな顔付きでこちらを見上げるM。
 「ニシノくん、何言ってんスか? 見くびらないで下さいよ」
 そう言いながらさわやかに笑顔を浮かべると、Mはボクに向かって力強く親指を立てるのであった。

 ちなみに、Mとは残念なことにこの飲み以来連絡も取っていなければ会ってもいない。
 お嬢さんと済し崩し的に結婚してその有名バッグ会社の幹部に食い込んでいるか、はたまた、お嬢さんに本心を告げ、娘を弄んだ男として東京湾に沈められているか......。ポコチンを酷使しすぎて字伏になってしまったか......。
 事の結末もまた藪の中だが、それはまた別のお話。


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