『夢の中へ』


 このところしみじみ思う。
 “夢中になってねぇなぁ〜” と。
 夢中で何かをするということが、全くなくなっているのである。
 大人の “夢中” の代名詞たり得る仕事はといえば、こんなことを言い切ってしまうのも誤解を招きそうで憚られるのだが、集中して精一杯やるということはあってもやはり夢中という感じではないし......。
 とにかくここ何年かを思い返しても何かに傾倒しているという記憶がまるでないのだ。参ったね。まったく。そりゃニヒリスティックにもなるぜ、なぁオレ!
 本も読まなきゃ、最近に至っては漫画も読まない。ゲームもしないし、コレクションもしない。映画や音楽には粛々と対するし、ファッションにはめっきり鈍感になって、もはや情熱も薄い。近頃はテレビもあまり観なくなった。ネットも気分が悪い。アイドルは好きだが、のめり込めない。信仰心がないので宗教もハマれない。歴史やら政治に対する教養もなければ、関心も世間並み。食に対する意欲も低い。アウトドア系は体質的に完全にダメ。インテリアなんてのもどうでもいい。旅行も積極的に行きたいとは思わない。酒も飲まない。ヤクもやらん。スポーツもしなければ、観るほうも全然。乗り物系は乗るにも金がないし、俗にいうオタクとしての素質もない。動物も潔癖だから無理。人との交流も苦手。だから女に対するスケベ根性も低め。ワイワイとみんなで何かをするなんてもってのほか。家から出るのも億劫。自分に対する興味もない。というか、そもそも自分のことが大嫌い。......。
 なんだか具合が悪くなってきた。
 いつの間にこんなに頭デッカチになってしまったのか。完全に自分で自分を縛りつけている。元より天の邪鬼で完全癖で食わず嫌いな性格ゆえ、考えるよりまず動いてみるべきだと頭ではわかっているのだが、やはり理解と行動は別といったところで、どうやってもついつい思考が先行してしまう今日この頃。もはや『her/世界でひとつの彼女』のホアキン・フェニックスの気分である。
 オレは一体何のために生きているんだ。生きている意味があるのだろうか。いや、そんなもんあってないようなものなんだろうけど。とはいえ......。しかし......。それにしたって......。
 いかん。ダメだダメだ。この調子だと天井の梁の部分に首がいい感じに引っかかりそうな高さで縄的な何かをセッティングしかねない。とか言いつつ、そんな度胸も根性もないのだが......。『リービング・ラスベガス』のニコラス・ケイジぐらいの吹っ切れ感があればまだマシなのに、結局、陰々滅々としたところでそれすらも薄っぺらいという。もう全てが愚か。なんなんだ、オレは! そしてまたこういうことを人の目に触れるところでツラツラ綴って。そういう自分のナルシシズムやセンチメンタリズムにもうんざりする。おまけに...... いや、もういい。やめよう。
 話を戻す。
 何にせよ、何か夢中になれることがあるというのは羨ましいことだと思う。
 しかし水をさすわけではないが、“夢中” というのはその言葉の意味にもある通り、ある意味正気を失っている状態であるがゆえに気をつけねばいけないものでもある。かといって気をつけてるようでは “夢中” とはいえないので、もはや気をつけようがないというのが正しい解釈になるのだろうが、ともあれ “夢中” という状態は危うさを含意するものだ。
 例えば、3日何も口にしていないワンちゃんがいるとする。ワンちゃんというのは犬のことね。王貞治じゃなく。まぁどっちでもいいのだが、そのワンちゃんにペディグリーチャムを与えてみる。と、当然ワンちゃん、夢中も甚だしい感じでペディグリーにチャムする(エサにがっつく)ことだろう。
 その時のワンちゃんたるや、もうエサを食うことに全神経を集中させている。もはやエサを食っているという感覚すら超越した次元にトリップしているといっても過言ではないわけだが、問題はこれがワンちゃんにとってどういう状態を意味しているのかという点である。お解りいただけるだろうか? 着目いただきたいのは何かに夢中になっているその時に、人は、生き物は、どうなってしまっているのかということなのだ。
 “隙だらけになる” のである。
 没頭するがゆえに、視野はグッと狭くなり、他に対する洞察力は断たれ、目の前のこと以外の集中力は喪われる。
 見方を変えれば、夢中時というのは非常〜にガードが甘くなっている状態といえるわけである。
 こんなもん武井壮が近くにいたら、先のワンちゃんなんぞエサに食らいついてる隙に横に回り込まれて脇腹をドーーーン! だろう。
 危険だ。というか、恐ろしい。そう考えるとおちおち夢中になんかなれたもんじゃない。要するに、夢中になるということは、ある種アンポンタンな状態に陥ってしまうことを意味するものなのである。
 そこで思い出されるのが、高校時代の友人のゲンマくんという、逆から読んだらマンゲくんになっちゃう男のこと。
 高校卒業以来不通で今となっては生きているのかもわからない彼なのだが、ボクが知る当時のマンゲくんというのがまた無根拠に熱い男で何にでも夢中になっちゃうハッピー野郎であった。
 「興が乗った」
 いつも何かしらに夢中になってはその果てに打ち出されたこの決まり文句がマンゲくんの面影と共に頭を過るわけだが、例えば地元の祭りに彼が没入したときにはこんなことがあったっけ。
 ある年のその祭りでのこと。例年になくしゃかりきコロンブスしたらしいマンゲくんが、祭り明けの学校にてボクら仲間内にある報告をもって衝撃を与えたのだった。
 「彼女ができた」
 何やら祭りの最中意気投合した女人とカップリングしたという。
 とりあえず、報告を受けるや否や仲間の一人(童貞・彼女ナシ)がマンゲくんをラリアットした。そして、素っ転んだマンゲくんの足を掴んで別の仲間(童貞・彼女ナシ)がジャイアントスイング。ぶん投げられ、宙を舞うマンゲくんをボク(童貞・彼女ナシ)がそのまま掴まえてスクリューパイルドライバー。マンゲくんを派手に祝福すると、話の焦点は早速その物好きな女に絞られた。
 「で、どんなん?」
 お決まりの尋問にマンゲくんもお決まりのハードル下げを始める。
 「いや、全然可愛くないのよ。マジでマジで」
 と、どこからともなく唸るような呟き声が。
 「みせろよぉ......」
 ボクの隣でムシャクシャしだしたヤス(前回登場)という男だった。ヤスはマンゲくんに詰め寄ると、机を叩き、スタンドライトをマンゲくんに向けながら声を荒げて責っついた。
 「プリクラみせろよぉぉぉぉ!」
 まだまだ携帯なんてものが普及していないこの当時。携帯にカメラ機能がつくなんて夢のまた夢なこの時代において、高校生の間で人物認識システムの全権を担っていたのがプリクラだった。
 とにかく、何かにつけて “プリクラを見せろ” という展開になるのがこの頃の趨勢。女なんぞと会った・遊んだ・付き合ったとあればお家で寂しく克・亜樹の『ふたりエッチ』を読んで過ごしていたであろうフレンズに “お先に失礼します” の気持ちを込めて当日のプリクラを小っ恥ずかしさをもって己から披露するというのがせめてもの礼儀というもの。
 そんなヤスの催促にマンゲくんも応える。
 「いや、プリクラは撮ってない」
 「嘘をつけ!!」(全員で)
 マンゲを羽交い締めにして、ヤツの頬を彩るニキビをシャーペンで突つくの刑である。
 「早く吐かないと、ニキビが潰れてクレーターになるぞ!!」
 「出てきた膿をその彼女に吸ってもらうか!? あぁん!!?」
 拷問に堪え兼ねついに音を上げると、マンゲくんは彼女と祭りの最中に撮ったというプリクラをケツの穴から取り出した。
 「ほんっとに、かわいくないから!」
 ギリギリまでハードル下げをするマンゲ。往生際が悪い。だまってなさい。
 で、どれどれ...... と、みんなでそのプリクラを覗き込んだその刹那。全員、小田和正である。
 “言葉にできない”
 時空が歪み、季節が狂い、背筋が凍った。
 『デイ・アフター・トゥモロー』ばりのスーパーフリーズ現象が教室を襲ったのである。
 「え〜っと...... この隣に写ってるのは、水木しげるの何ていう妖怪かな?」
 全員が凍死しそうになっている中、ボクがやっとこさ振り絞ってコメントした。
 意味はそういう意味である。
 とはいえここで説明しておくと、決してマンゲくんはそっち専門というわけではなかった。ヤツの好みがMAXのNANA(当時)であることはマブダチのボクが一番よく知っていたし。
 ボクらはマンゲくんがこのプリクラに写っている顔面に特徴のある妖怪と付き合うに至った理由を見出だせずにいた。
 それは決して彼女の見た目だけを取り上げていっているのではなく、出会って間もないというその諸々の浅さへの疑心でもあったのだが、結局その答えはそれからしばらくしてすぐマンゲくんが彼女とアッサリ別れ、ボクがこっそり別れた理由を問い質した時に釈然と言い放たれた例の一言によって明らかにされるのであった。
 「興が乗ったんだな、うん」
 これである。
 夢中になっているその時というのは、人はおおよそ軽率になるのである。なぜならば夢中になるということは秩序の乱れを意味し、散漫になってしまうことでもあるから。つまり、満遍なく配置していたはずの警備が一カ所に集まってしまえば他が手薄になるのは当然で、注意深さ(理性)に不備が生じてくるのである。これこそが夢中時に窺える “隙” なのだ。『ナイトクローサー』のジェイク・ギレンホールなんかはそのいい例で、結果自制心の乱れによって行動に慎重さが失われていくわけである。
 マンゲくんがあるドラマに夢中になった時なんかはこんな調子だ。
 そのドラマというのが織田裕二主演の『踊る大捜査線』だったのだが、夢中になりすぎて完全に我を忘れたマンゲくんはといえば当時もうそれはそれはバカ丸出しでボクらに何度も表明したのであった。
 「警察官に、オレはなる!」
 警察官の部分を海賊王に入れ替えて捉えても何ら問題のない軽薄さをひしひしと感じた。
 いちいち相手にするのもバカらしいので、もはやボクらも失笑するほかなかったのだが、とにかくまぁ〜こういうエピソードがマンゲくんにはいろいろあって、何かに夢中になっている彼をみる度、笑わされたり、呆れたり、バカにしたり、羨ましく思ったり......。しかしこうやって改めて思い返すと、ある意味チャーミングな男だとも思えてくるわけだから、時の流れというのは時として偉大なものである。
 あれからもう15年以上になる。
 はたしてあの頃と同じようにマンゲくんは今もどこかで変わらず何かに夢中になっているのだろうか?
 知る由もない。が、結局ボク自身のことでいえば  “隙だらけになる” なんて理屈めいたことを顧みているうちは、何かに夢中になるなんてことも当分望み薄だろうなとしみじみと思う。
 かつて井上陽水は歌った。
 “探しものは何ですか?  まだまだ探す気ですか?”
 “夢の中へ  夢の中へ  行ってみたいと思いませんか?  ウフッフぅ〜♪”
 今こそ探しものを探すのをちょっとやめて、夢の中へ行ってみたいと思ったりもするのだが、しかしもはやそっちにもどうやったら行けるのかがわからない今日この頃。
 探しものもみつからない。夢の中へも行けない。
 そしてボクはまた途方に暮れる。


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