『“エブリバディ・ウォンツ・サム” の季節』


 リチャード・リンクレイター監督作、大学生の入学時期を描いた『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』は公開当時3回も映画館に観にいったお気に入り作であったが、あの映画の何に自分が掻き立てられていたのかということを考えてみたところ、これは何てことない、ただのノスタルジーであり、ああいうチャランポランな時期が自分にも間違いなくあったという実感及びその反復なのであった。
 “快楽はある種の反復性のうちに存する”。
 ......というのは、内田樹先生の弁であるが、単純な話、自分の過去の何かしらに抵触するものをスクリーン越しに感じては悦に入っていたということなのだろう。
 学生の頃のボクはといえば、あの映画に出てくる面々のように、いや、ある部分では彼ら以上に、本当に無知で、大した信念も思想も主体性もなく、世の中に対する疑問もなければ、自分の先行きに対する思いも不確か。学校という枠の中、言われるがまま、与えられるがまま、守られるがまま、向上心も不安も不満もなく、誇大妄想的、軽薄で軽率、享楽的で、刹那的で、放埒で、向こう見ず、人生においてまだまだ何の緊迫感も持たない有象無象の若造の一人であった。
 要するに、かなりオメデタイ人間というか、とんだハッピー野郎だったわけだが、裏を返せばそれは子供時代のボーナスステージ。とても幸運且つ幸福な状態で、学校のようなシステムに “持ってこい” な人格構成がされていた自分にとっては、間違いなくオメデタイ時期であり、ハッピーな季節だったと思い返される。
 ボクが通っていた大学は、兵庫県は神戸の西側、まだまだ自然多分に目に触れる開発地区、「学園都市」と呼ばれる駅の近辺に位置していた。学園都市というだけあって、その駅の1km圏内には自分の通っていた大学含め5つの大学がひしめき合っていたのだが、まぁ〜とにかくその一帯は右を見ようが左を見ようが学生ばかりで、さらにボクが住んでいた下宿の近所には、また別の大学もあったものだから、まさに学園パラダイス。キョンキョンの『学園天国』が街中延々流れているような、そんな浮ついた空気漂うガキ帝国。
 神戸に来て一番最初、入学式当日。友達も知り合いもいない状況のなか、ドキドキしながら大学に向かう道すがら、おそらく同じ大学だろうと当たりをつけてボクから出し抜けに声をかけて知り合ったのがトージという男であった。彼とは学科は違ったのだが下宿先が近所ということで、入学当初にはよく時間を共有し、交友関係を広げるべく下宿周りをしゃかりきコロンブス。出会いを求め、二人ハイエナのようにその一帯を駆けずり回ったのをよく覚えている。
 その際に、うってつけだったのがボクが住んでいた下宿先で。3棟編成10階建てマンション、学生向けと謳われていたがゆえその住人の9割が大学生という何ともハイな物件事情は、まさに『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』の劇中にも出てくる学生寮さながら、エネルギッシュなハッスルタワー。ファッキン・ブリリアント・ビルディング。
 SNSはおろか、携帯でネットすらまともに見れなかったあの時代。それでもマンション内に飛び交っていたのが各部屋にどこの大学の誰が住んでいるという住人情報だった。悪事じゃなくとも、人の噂は千里を走る。
 入学間もないある日、ボクがロシアのスパイから自分の部屋の3つ隣に同じ大学の女のコが住んでいるという情報を入手すれば、この情報にトージが即勃起。めちゃんこライトなノリで、二人でアタックしに行こうという話になった。
 「どう攻める?」
 ボクが聞けば、トージは “そんなもん相場は決まっている” とばかりに読んでいた雑誌『ホットドッグ・プレス(セックス特集)』をパタン。ボクを見据え、この決まり文句だった。
 「醤油を借りにいく」
 3つ隣である。
 とはいえ、そこに不自然さを感じ、“待った” をかけるほどボクに理性があったわけでもなく。
 言うてもまだまだキッズ。恥も外聞もなく、恐れるものなんて何もないし、ハッキリ言って理屈なんてどうでもよかった。
 トージの顔を見て目を合わせると、ボクも静かに親指を立てた。
 ミッション・アクセプティッド。
 『ミッションイン・ポッシブルのテーマ』をバックに二人ですみやかに黒服に着替える。そして、腰に紐を装着。勢いよくベランダからダイブ(ボクの部屋は4階)。地面スレスレでストップ! 腰の紐をゆっくり外し、マンションのエントランスから進入。1Fに設置されていた自分の郵便受けを確認したのち、壁伝いに階段をゆっくり上がる。フロアの廊下を腹這いで進み、自分の部屋の玄関の前で一旦停止、持ち帰った郵便物を仕舞うため一回ボクの部屋に戻り、二人で一服。改めて玄関から出て、寝転がって横向きに転がりながら、彼女の部屋の前に到着。
 服の汚れを払いながら、トム(トージ)がポケットから、袋を取り出す。そして、そこに入っていた何か誰かの親指らしき物体で、インターホンをプッシュ。
 “ピ〜ンポ〜ン”
 固唾を呑んで応答を待つ、トム(トージ)とジャン(ボク)。
 「......はい」
 出た。トージが率先して物怖じせずに応対。
 「すみません、隣の隣の隣の部屋の者なんですけどぉ〜。あの〜、醤油をお借りしたくてぇ〜......」
 横で聞いていて思わず我に返ったのだが、“隣の隣の隣の” の言い回しの胡散臭さたるやであった。部屋番を名乗ればそのあたりもうちょっとファジーになるところを、この男、緊張してたのかまさかのジブリ・スタイル。
 トトロにしたって、ここまで隣がすぎたらさすがに何だか他人感。親近感も薄れるというもんだ。
 “さすがに不審がすぎるか!?” と、トージを余所に一人冷静になりかけていると、女のコ側からはのんびりしたトーンでこのレスポンス。
 「あ、は〜い。今、持ってきますねぇ」
 オール・ライト。
 アリでした。
 訪ねといてなんだが、こちらが心配になるぐらいの無警戒っぷり。さすが10代! さすが春! さすが新年度!
 危険、この上なし。こんなもん、オレがこの娘の父親なら、『96時間』のリーアム・ニーソンばりに「いいか、キム。集中しろ」と、めちゃくちゃ神経質に説教である。一人暮らしのいたいけな女子大生諸氏はもうちょっと神経尖らせんといけませんよ。まったく。
 とはいえ、これを出会いに3つ隣の女のコとボクらは仲良くなった。女のコの部屋で女子会らしきものが開かれていたら、お呼ばれしたりして。キャッキャ、キャッキャですわ。交友関係はみるみる広がっていった。
 人との関係が拓けていくなか、トージと同じ学科という繋がりから知り合ったのは、ボクの部屋の真下に住むみんなからキャップと呼ばれていたヒゲ男だった。キャップは年の割にオッサン感強めで、いつ会っても『パルプフィクション』のジョン・トラボルタみたいに何か目がトロ〜ンとしているダウナー系サーファー。
 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』に出てくるウィロビーというキャラクターよろしく、一つ年上(一浪)ということもあってか、どこか妙に頼りがいがあって、ユニークで、物知りな感じがあったキャップ。ココナッツ臭漂うキャップの部屋で、何やら珍しい葉っぱについていろいろ教えてもらったり、当時のラークのポスター(外国人のサーファーがラーク吸ってるポスター)がイケてるということで、タバコの自販機に貼られていたそのポスターを夜な夜な一緒に拝借しに回ったり、キャップのスケボー仲間がたむろする高架下に連れて行ってもらって、そこでDragon Ashみたいな連中に囲まれ、場違いに震えたり。
 それまで遊びのない日々を過ごしていた自分にとっては、キャップのする事なす事違和感だらけだったが、彼と共にした時間のどれもがあの頃のボクには “背伸び出来たような気になれた” 新鮮な時間だった。
 自分の空気をまとい、誰にも流されず、飄々としていて、何とも不思議な魅力に溢れたキャップの部屋にはいつも誰かがいて、そこでもまた多くの人と知り合った。
 トージが下宿していた部屋の隣に住んでいたのは、我々と同じ大学の新入生、プロダクトデザイン学科のYちゃん。
 トージと出会ったその日に早速彼の家に遊びに行ったらば、出し抜けに部屋に現れたのがこのYちゃんだった。何やら二人の関係がすっかり出来上がっている雰囲気を眼前に、“さてはこのタフガイ、すでにこの幼気なレディに手ぇ出しとるんと違うか!?” とボクが疑いの目を向けたのはコレ当然の成り行き。しかし、双方これを否定。とはいえ、トージの部屋で過ごしていると、彼女がドリカムさながらに度々壁をノックしてきたり、トージがノック仕返したり。
 「ちょっ、待ってて。なんか呼んでるから行ってくるわ」
 そう言うと、なぜかボクを残してYちゃんの部屋に行くトージ。トージの部屋に現れるYちゃん。
 イチャイチャ、イチャイチャ......。そんな二人を傍目に、これは一発かましてやらなあかんなと。折りをみて二人を部屋の壁際に正座させれば、ボクは語気を強めてこう一喝した。
 「オレのいないところでナンバー1争いをするなっ!!」
 藤真(スラムダンク)の気持ちである。
 さておき、隣の部屋に同い年の同じ大学のキュートな女の子が住んでいるという状況は、今振り返ってもなかなかのうらやま設定というか、エロ設定というか。
 Yちゃんの部屋で女子が集まってキャッキャッしてるのを、トージと二人息を潜めて壁にコップをあて聴取し、エニグマ解読機にかけたり、Yちゃんが「作り過ぎちゃった〜」と言って持ってきてくれた晩ご飯をヤンヤヤンヤつついたり、Yちゃんの部屋でYちゃんの女友達含め何人かで過ごしている時に女性陣がウトウトし出したタイミングで『ピンク・パンサーのテーマ』をバックに二人でチョコマカしたり。なんだかんだ恩恵にあずかりつつ、すこぶるはしゃいだのもまた、あの頃の賑々しい思い出。
 ボクが住んでいたマンションの裏手にあった別のマンションには、同じ大学でファッション学科だったシュータという髪の色の定まらないファッショニスタが住んでいて。彼とも暇があるたびしばしば時間を共にしたものであった。というのも、彼と同じファッション学科にボクのお気に入りの女のコ(面識なし)がいたものですから。シュータの家に行ってはそのコのその日のプチ・エピソードを聞いて悶絶するというのがお決まりになっていたのだが、仕入れたエピソードに胸を熱くしたボクが堪らず「紹介しなさい!」とおねだりすれば、あの男の応答はいつもこの一本槍。
 「お前にはまだ早い」
 “あ、コイツ紹介する気ないな”
 まぁ、早々に悟ったわけだが、それでもテレビやマンガや雑誌やゲームや携帯なんか一切目もくれず、夜な夜な恋だ女だ他愛のない話で盛り上がっていたあの時間は、ボクにとってとても愉快で豊かな時間であり。彼のおかげで、ファッション学科のいろんな人達とも繋っていった。
 同じ学科だったタケトという男が下宿していたマンションも、ボクの住んでいたマンションのすぐ近所。これまたボクは彼の家にもしょっちゅう入浸っていた。
 地元が同じ静岡ということもあってか、親近感からあっという間に打ち解けたタケト。
 映画『ハルフウェイ』さながら、確か地元で付き合っていた彼女と別れて神戸にやってきただかで、癒えぬ傷心に “西野カナ” 心を覗かせていたそんな彼の部屋には、あの時期、その元カノとの写真やら手紙やらが大っぴらに散らばっていて。本人が読んでいいよということで一口読ませてもらえば、それはそれはもう甘酸っぱいセンテンスの数々。一歩間違えれば、寒くて凍死するような内容の応酬。“これが...... 恋愛か!” と、恋愛経験薄弱なボクは思わず目を見張ったものであった。ある手紙にはJungle Smileというアーティストの『おなじ星』という曲の歌詞が引用されてあって。すっかり感情移入しきっていたボクはタケトの家でその曲を流してもらうと、思わず泣いてしまった。その直後ぐらいだったか。タケトが近場で別の彼女をすんなり作ったときにはいささかズッコケさせられたりもしたのだが、その新しい彼女を交え、みんなでタケトの家で鍋をしたり、ドンジャラしたり、カラオケにいったり――。
 と、まぁ〜些細なことであれ、他人からすればフ〜ンなことであれ、個人的に印象深いことであれ、アレやコレやと思い出をあげればキリもないのだが、とにもかくにも、人との出会いに溢れていたあの頃。初めての一人暮らしに漫々たる自由を感じていたあの時分。知り合った人との交流・その人たちにまつわるエピソードが無尽蔵に巡っていたあの時期。箸が転んでもおかしかったあの季節。自分に何かがあったわけではなかったけれど、人とただ繋がって、みんなで笑って騒いでバカやることが全てだったあの時代。
 歳を重ねた大人からみれば、ただただ迷惑で、パワフルで、無思慮で、快活で、不愉快で、眩しい、そんな日々。
 それらの全ては過ぎ去っていった。
 悲しいわけじゃない。そりゃ、戻れるもんなら戻ってみたい気がしないでもないが、別に戻りたいわけでもなく。取り戻したいわけでもない。学生を傍目に彼等の生気に圧倒されることがあっても、特段羨ましいとも思わない。
 懐かしい。ただその一言に尽きる。
 そしてその傍ら。ふとあの季節を共にした人々のことを思う。
 みんな元気にやってるだろうか。死んでんじゃないだろうか。まぶたの裏に有り有りと浮かぶその笑顔は今そこにあるのだろうか......。
 あの頃出会ったほとんどの人が今どこで何をしているのかを、ボクは知らない。


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