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『幻の女』
ある日の深夜だった。
TVで『初恋のきた道』がやっていた。チャン・ツィイーの。
それを寝ぼけ眼でボーっとみていたのだが、いい。
かわいい。チャン・ツィイー。
劇中彼女が走るシーンがあるのだが、その走り方もまたへんちくりんで素敵。
話自体は大したことないのだが、岩井俊二の『四月物語』的な甘酸っぱさがあるね。甘酸っぱいというか、ウブっちゅーか、純っちゅーか。
チャン・ツィイーが暮らしてる小さな村に若い男がやってきて、その男にチャン・ツィイーが一目惚れする。で、その男と何の交流も持たない状態でチャン・ツィイーが一途にひたすら思いを募らせていくというのがほとんど話のさわりになるわけだが、どうですか? コレ。
もう話のさわりにさわっただけでpure soul。あの日グラウンドに置き忘れたサムシング見〜つけたっ! なのである。
まぁ、これがドブス女だったら正直見え方も変わってくるのかもしれないが、こういう初々しさはリスペクトね。とりあえず、渋谷にいるアホそうな女かき集めて上映じゃ、上映!! とにかく洗われましたよ、まったく。
とはいえ、知らん相手を好きになるというのは、一見ドラマチックでありつつ、なかなか危険なことでもある。
一目見て好きになる。相手を知らず、接点も持てない分、自分の中でどんどん妄想が膨らんでいく。妄想は理想になり、理想は願望になる。
で、いざ蓋をあけてみたらどうだ。
実はそいつ、完全犯罪遂行中の無差別連続殺人犯だった。ジャジャーン!(ミッション・イン・ポッシブル風)
......では、やはり困るのである。というか、困っているうちに土の中かもしれない。
とはいえ、例えは極端でもこれと似たようなことは当然起こりうるのだ。そりゃそうだよ。だって実際相手のことな〜んにも知らないんだもの。
優しい人かと思いきや、優しくない。男らしい印象を抱いていたが、実際は女々しい。素敵な人ではあるものの、発する言葉が常に氷点下41度。爽やかなイメージだったけど、口の中が腐海。顔面超〜タイプぅ♡ ......と思ってたのに上部(髪の毛)がオールフェイク。
要するに、ギャンブルみたいなもんなのだ。一目惚れは。
そこにきて、“こんな人だと思わなかった” は当然ナシな話なのである。
“こんな人だった”
そう。そこにあるのは元よりの事実であり、現実なのだ。
高校のある時期。ボクは一人の女性に恋い焦がれていた。
そのコはボクとは違うクラスのコで、見た目は松たか子風味。大人しそうで、慎ましやかで、奥床しげで、明日春が来たら会いに行きたくなるような、そんな清らかなイメージの彼女にボクは日々胸をときめかせ、悶絶していた。
“彼女とお近づきになりたい!”
というのも、話の流れ通り、その彼女とは一度もお話したことがなかったのである。
いわゆる一目惚れだった。
いつか教室前の廊下を通る彼女を見かけ、フォーリン・ラブ。妄想しすぎて、アイ・ウォンチュー。
しかし、若く、シャイだったボクにとって、この “知らないあのコ” への慕情は手に余るものであり、当然自分から話かけることも出来なければ、無駄な硬派も祟って、友人にすら相談出来ず、結果ただ彼女を見かけてはじぃ〜っと見つめてうっとりするという気色の悪〜い時間を過ごすエブリデイ。
そして何のきっかけも掴めぬまま時は流れるのだが、高校生活も終わりに差し掛かると、さすがのボクも焦った。
“このままじゃ...... ダメ、絶対!!”
そして、チャンスは訪れたのである。
なんと、思いきって相談してみた友人Mの彼女(通称・カオちゃん)が、そのコと同じ中学で友達だと言うではないか。
カオちゃん、あんたそういうことは早くいいなさい! である。お説教である。
ボクはカオちゃんを正座させると、彼女の手を取って言った。
「あなたに会えて...... よかった!!」(小泉今日子)
というわけで、Mとカオちゃんの仲介で、ついに松たか子との交渉権獲得。止まっていた歯車が嘘のように動きだし、次の休日に4人で遊ぶことが滔々と決まると、ボクは緊張した。
そして、緊張もピークを迎えた当日。
寝坊しました。
ボクは急いで支度し、待ち合わせ場所であるカオちゃんちの近所のコンビニにチャリでダッシュで向かった。
コンビニに着いた時点で30分遅刻。
当然ボク以外の3人はすでにコンビニに到着していて、Mがボクに向かって手を振っている。
「いや〜、メンゴメンゴぉ〜!」
自転車を停めて、ボクも手を振って3人に駆け寄った。
「オッケーオッケー」
Mが言った。
「事故ったかと思ったぁ〜」
カオちゃんが笑った。
そして、次の瞬間。
Mでもなく、カオちゃんでもない、初めて聞く声で張り上げられた言葉がボクの耳を打った。
「つーか、おせぇーーし!!」(怒)
えぇぇ!?
ボクは、ズッコケてそのままコンビニの窓ガラスに突っ込んだ。
誰!? 今の!? である。
そう。その声の主は、ボクがずっと聞きたかった松たか子似の彼女、その人のものだった。
呆然とした。彼女のイメージとはまるで違うその言葉遣いに衝撃を隠しきれなかった。
「遅刻とか、マジ殺意なんですけどぉ〜!!」
「つーかさ、つーかさ、キミ、その眉毛どうした? 細すぎぢゃね!? 何? 整えちゃって遅れた感じ? ダハハハハ」
“誰だ! コイツは!!”
想像だにもしなかったわんぱくキャラにボクは混乱した。
“ここは...... 地球か!?”
もはや自分がどこにいるのかもわからない。とにかく何かを疑わずにはいられなかった。
「じゃあ、まぁ、立ち話もなんだから......」
Mの仕切りによって場所をカオちゃんちに移し、談笑タイムが設けられると、現場はいよいよ本格的にバカ女の独壇場と化した。
「ちょっと前までさ〜、従兄弟と付き合ってたんだけどぉ〜、なんか〜、あっし(私)がぁ〜、他の男と遊んでんのバレてぇ〜...... 振られちゃってぇ〜...... ギャハハハハハ!」
「そういえば、こないだクラブ行ったときぃ〜、ナンパされたんだけどぉ、そいつが〜、おめぇ、鏡みたことあんのかよっつーぐらいのブ男でぇ〜!! お前ごときが、何話しかけちゃってんの? とか思ってぇ〜!! ブハハハハハハハハハハ!!」
「あっし(私)は全っ然思ったことないんだけどぉ〜、◯組のAちゃんってみんなからカワイイって言われてんぢゃん〜? っていうか、アイツ、マジ性格悪いかんね。っていうか、どこがいいの? アレ。いっとくけど、超〜口臭いから。下水下水! ゲハ〜ハッハッハッハッ...... アヘアヘアへ...... ウッホ!ウッホ!ウッホ!」
彼女が口を開くたび、何度、目の前の “なっちゃん” のペットボトルで脳天をかち割りたくなったことか。
大人だったんですね。今だったら、家の屋根裏に隠してあるロケットランチャーで吹っ飛ばしてやるとこですよ。
とにかく、『ファーゴ』ばりに粉砕機に突っ込んでやりたい衝動を押さえながら、ボクは自問自答したのであった。
“オレは一体このコのどこに惚れたんだ!?”
わからない。もはや彼女を好きだった自分が恥ずかしい。穴があったら、入らずに埋めたい。コイツを。
しかし、反面冷静な自分もいた。
そう。彼女は何も悪くないのである。早い話がボクの勝手な思い込みによる勘違いであったというだけのことなのだ。
“ボクが思い描き、信じた彼女はどこにもいなかった”
そんな事実が頭を擡げ、ボクはあの日心の中で泣いた。
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