『ポケットでベルの音がする』


 1997年といえば「たまごっち」が大ブームになっていた年であるが、それと同時に当時高校1年だったボクの周囲でにわかにもてはやされだしていたのが、ポケットベルこと通称ポケベルであった。
 きっかけは間違いなく、広末涼子。あの頃、彗星のごとく現れ、瞬く間にトップアイドルに上り詰めていた彼女がドコモのCMでもってこのように発信したことによって学生間ブームの狼煙は上げられた。
 「広末涼子、ポケベル始める」
 リンカーンの奴隷解放宣言、ニーチェの「神は死んだ」、昭和天皇による人間宣言などに匹敵したであろう歴史的センセーション。そう。広末ポケベル宣言なのであった。世の若者たちは忙しくなった。
 とはいえ、金も権利もない16歳のガキんちょがポケベルを持つにはまだまだあのご時世、いろいろとハードルは高かった。
 “広末がポケベルをはじめてるというのに、まだポケベルをはじめられていない自分” に多くの男子高校生たちは焦燥した。
 指をくわえて広末のグラビアをスクラップするほかなく、お気に入りショットを透明な下敷きに挟んで学校やおウチで眺めては、読者プレゼントのテレカ(テレホンカード)ゲットに応募ハガキと向き合う日々。結果ボクにしたってモバイルデビューは次のピッチ(PHS)・携帯ブームを待つことになり、ポケベルは体験出来ずじまい、そもそもそのブーム自体も非常に短いスパンで立ち消えとなってしまうわけだが、そんななか同じバレーボール部の同級生だったニシくんは違った。
 ニシくんは何事にも早い男だった。
 キムタクを彷彿とさせるロン毛、ハマダー的なカチューシャ、ピアス、腰パン、プリクラ、MDウォークマン、たまごっち、キーホルダー型の小さいテトリス等々、常に先を行く男として、部内でもトレンディーを極めていたのだが、当然ポケベルもキッチリ所持していてブームを享受、完全にナウなヤングの体現者であった。
 加えて、何より彼のトレンディーっぷりを際立たせていたのが、チカちゃんという彼女の存在で。
 高1の分際で彼女がいるというだけでも異次元なのだが、チカちゃんがまた深田恭子似のカワイコちゃんだったもんだから、同級生部員である我々童貞一同はといえばペリーを前にした江戸幕府状態。彼を尊師と崇めざるを得ず、部活前に尊師様のありがた〜いお話を狭い部室でいろいろお伺いしてはその神話の数々にメモをとりつつ溜め息をつきまくるエブリデイ。また、ニシくん絡みでチカちゃんにお声をかけていただこうもんなら、5日はその余韻で白メシが食えたもんですから、先輩含め我々D-FRIENDS(童貞バレー部員一同)が彼に一目置いていたのも無理はなく。
 とにかくニシくんは片田舎に暮らしながらもその類希なる目敏さで誰よりも早くポケベルをゲットだぜしていて、ご自慢の彼女とご機嫌にやり取り。あの頃には、国武万里も羨むほど部室でポケベルを鳴らしまくっていたのであった。
 そんな状況下にあればだ。当然気になってくるのはその内実。我々新選組ならぬ新鮮組(童貞組)としては、師がポケベルを弄し、チカちゃんとどのような戯れをなされているのかご教示賜りたいところ。
 というわけで、『JIN − 仁 −』で南方先生に積極的に手を挙げて質問する緒方洪庵(武田鉄矢)さながら、誰よりも無垢で無知であった一番隊組長のボクがみんなを代表してアプローチ。教えを乞うことに。ある時に師のポケベルが鳴ったそのタイミングですかさず挙手し、こうお伺いした。
 「師はそのポケベルでチカちゃんと何をされているのでしょうか?」
 すると師はサラっとこうお応えになられたのである。
 「ん? あぁ、しりとり」
 しりとりだった。
 ポケベルでこの人はチカちゃんと “しりとり” をしていた。
 愕然とした。何というくだらなさ。
 それを聞いたボクはといえば目が覚めたというか、師を見る目が変わったというか、師との隔たりを感じたというか、ハッキリ言ってこう思ったよ。
 “うらやましい!!”
 いや、マジで。
 “オレも女人とポケベルでしりとりしたい!”
 憧れたもんね、実際。
 しかし、今こうやって振り返っても思うことだが、当然大人の目でもってこれはクールに判断すればだ。持て余していること甚だしく、不要であること夥しい。
 物に用途や対象なんてあってないようなもんではあるが、とはいえ、あまりに手に余っているその実情。なんせ、しりとりである。返事のたびに校内の公衆電話にダッシュなのである。何なら、公衆電話の前で送る相手にバッタリ会ったりなんかして。「ちょっと待ってね、今続き送るから」とか言って。口で伝えろや!!
 蓋し、これが当時の高校生ポケベル白書の全容なのであった。
 改めて思い返すになかなかに滑稽である。しかし、こういうことはこの頃の高校生のポケベルに限った話でもないわけだから、落ち着かねばならん。
 なんせ今だって冷静に顧みれば世の中、「それ、いる?」というようなモノばかりで溢れているわけだから、その渦中にあって客観性が欠如してしまっていることも然ることながら、人が努めてチャランポランでいようとするのも頷けるわけで。
 挙げ句、蓋をあければろくすっぽ使いこなせてもいなかったり。
 ボクの尊敬する先輩、室木おすしさんという面白オジさんもつい最近まで、パソコンの某ソフトにおける基本中の基本であるテキスト処理機能を使いこなすどころか知らなかったということで、ご本人もビックリというか、逆に周りの同業みんながそれを知っているという事実を前に腰をぬかしておられたが、要するに、大体がみんなそれぞれにこんな調子なのである。
 全てが手に余っているのだ。
 “無駄なモノなんて何もない” と殊勝なことを言う人が世の中にはいる。
 本当にそうなのだろうか。もちろんそう感じれることもあるが、時にボクにはその全てが無駄にしか思えない瞬間がある。また、“盗人にも三分の理” なんて言葉があるが、どうにもその殊勝な考えが盗人の言い分にしか感じられない時がある。
 これをニヒリズムやエゴイズムというならばその通りだろうし、理由はどうあれこれまで散々何かしら恩恵を受けておきながらこんなことを言うのも卑怯卑劣なのだが、しかし、そういう瞬間は自分のなかに間違いなく確実にあって、世の中の狂気を浮き彫りにする。また、暗がりに潜むいろんな自分を明らかにする。
 『風の谷のナウシカ』の打ち上げで宮崎駿は「人間なんて滅びたっていい」と言ったという。真偽のほどはわからないが、大局観としてこの弁を真っ当だと思える自分がいたり。
 『LION / ライオン  25年目のただいま』という映画の中で、ニコール・キッドマン演じるスーは子供を産めないわけでもないのに、自分の子供は産まずにインドの孤児を養子に迎え育てるということを意志をもって選択する。これがその子供にとって幸福なことなのか、どんな光と影を落とすのかはわからないが、彼女のこの選択を一つの思想として、信念として尊重して止まない自分がいたり。
 「人間は必然的に狂っており、狂っていないというのも別の狂い方で狂っている」というのはパスカルの論であるが、これをごもっともだと得心する自分がいたり......。
 そういえば、岡本太郎はプロデューサーという立場で参加した大阪万博で “人類の進歩と調和” について問われれば、こう応えていた。
 「人間は進歩していない。虚しくなっていってる」
 万博で正気だったのは彼だけだったのではなかろうか。そんな気がしてならない自分もやはりいる。
 彼が作った太陽の塔は今もその胸の位置で憮然とした表情を浮かべこちらを眺めているが、過去の遺物と化したポケベルもきっと同じ気持ちに違いない。
 あの頃、ポケベルを使って人が充たしたものは何だったのか。
 パソコン、携帯、ネット、スマホ......、これらが世界を席巻する今、人の繋がりや営みは密になったのだろうか。
 モノはどんどん溢れていくが、その全てが真に必要なのだろうか。それに比例して人は本当に豊かになってるのだろうか......。
 モノ否定したいわけじゃないし、人間否定がしたいわけでもない。けれど、疑念や不安は日一日と溢れくる。
 そして、そんな疑念も不安も止めどなく溢れては行き場をなくして宙を舞う。
 そう。全ては人の手に余るのだ。


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