『幸か不幸かの性交』


 地球上に人が増えすぎて麻痺ってるせいか、わかってはいてもなかなか日常の実感として薄くなりがちなのだが、ボクらは他者なしでは生きていけない。
 それは、自我だとかアイデンティティーだとか個性みたいなもんが、他者との比較によってでしか成り立ち得ないことに端を発するのだが、要するに、『キャスト・アウェイ』で無人島に漂流したトム・ハンクスがバレーボールに顔を描いてお友達にするだとか、『アイ・アム・レジェンド』で地球上1人ぼっちになったウィル・スミスがマネキンを人間に見立ててお喋りするみたいな行動からも見て取れるように、超音波の反響によって位置関係を把握するコウモリのごとく、我々人間というのは反響対象があって初めて僕が僕であることが出来るというわけである。
 であるならば、悲しきかな人間は根本的に比較してしまう性質を持ち合わせていることになるのだが、では、他者との比較における差は何によって決定されるのかというと、これが “度合い”、すなわち、“ディテール” ということになる。
 平たくいえば、目の位置が少し離れるだけで印象は変わり、人との微妙な関わり合いによって性格も変わる。受精のタイミングがちょっとでもズレれば性別だって変わるし、住んでいる街の緑の量で人格も変わる。
 そういう細か〜い要素の違いや程度の差によって個人は個人として成り立ち、他者は他者として存在しているというわけである。
 かのミスタージャイアンツ・長嶋茂雄も監督時代、これに精通したことを打者の観点からこのように論じている。
 「バッターの心構えは3つ。第一に集中力。そして、細かいことに気を配ることです」
 この際2つであることは置いとくとして、とにかく細部まで神経を行き届かせ、研ぎ澄ますこと。すなわちディテールの追求、これこそが俗にいう自己実現なのである。
 ともすれば、そういうことを熟知し突き詰める人の多くが世の中的に際立ってくるのも当然のことで、それはいわゆる天才だとか芸術家だとか優秀だとかいわれたりする人なんかにも見て取ることが出来るのだが、バカが幸せなんていわれる現世においてはその対局に位置するであろう彼らがある種の不幸を背負ってしまうのもまた必然。ディテールに鋭敏であるということは同時にこのような弊害をも抱え込むことを意味するのであった。
 “わかりすぎちゃう”
 映画『セッション』でテンポが違うといって先生であるJ・K・シモンズが主人公の生徒をたらふくビンタするシーンがあったが、まさにああいう領域で生きる人間の不幸。
 大半の人にはわからない。実際物理的には何の違いもないような、ほとんど言い掛かりの世界における不協和。それが歓迎される場面であれば問題ないが、逆になれば当然その風当たりは強い。
 「あいつはイカれてる」
 真に理解されることなく、敬遠され、疎まれ、孤立する。煩悶による精神的苦痛は計り知れないだろう。かといって、一旦広げた枝を引っ込めることも出来ないわけで、そう易々と生き方だって変えられない。
 つまり、わかりすぎちゃうのも考えモンなのである。
 そして、“わかりすぎる” がゆえの不幸は、“わからない” ということによって支えられる人の営みのなかでその悲劇性をさらに際立たせることになる。
 以前働いていたある会社の同僚にEという女性がいた。
 ZARDとドリカムと大黒摩季をこよなく愛聴していた彼女。そんなEのことを人はこう呼んでいた。
 “一番になれない女”
 “永遠のベンチウォーマー”
 “和製ブリジット・ジョーンズ”
 “失恋女王”
 “女道化師”
 “だめんずうぉ〜か〜”
 “ポケベルが鳴らなくて”
 “Ms.セカンド・ラブ”
 まぁ〜要するにろくな恋愛をしていないであろうことが察せられる彼女なのだが、そんなEにだ。ある日純然たる真面目な彼氏が出来た。
 “友達がいない” という共通項から仲良くなり、いろいろな話を彼女から聞かされてきたこともあってか、電話でその一報を受けとった時というのは勝手な親心とでもいいましょうかボクも大層喜んだわけですが、矢継ぎ早に発表された次の言葉には、さすがというか何というか、携帯越しにズッコけさせられた。
 「一緒に暮らすことになりました〜♡」
 落ち着きなさい!!!!!
 出会って一週間たらずである。シャブ漬けにされて売り飛ばされても何の不思議もない。敷金礼金もってトンズラされたところで同情もできない。
 なんぼなんでも軽率なのである。
 とはいえ、ここまでスパーキンしてる人に尤もらしいことを言ったところでこちらの言葉が耳に入るはずもなく、というか、逆にこれが功を奏する可能性だって大いにあるわけだから、自分の価値観だけで出過ぎたことをアレコレ言うのはいらぬお世話というもの。彼女の幸せを願うイチ偽善者としては、ここは温かく見守るのがベスト。というわけで、最低限のアドバイスを以てエールを送りつつ、ひとまずは彼女の前途を祈ったのだが......。
 それから1ヶ月後だったか。持ち前の無鉄砲...... いや、行動力を発揮したEはホントにその男性と同棲を始めた。
 一人暮らしの男の家にEが転がり込む形で共同生活をスタートさせたようだが、そこから度々受ける電話の内容がノロケから愚痴になるまでにそうは時間はかからなかった。
 「光熱費、いっつも私が立て替えて払わされてるんですけど。どういうこと?」
 「自分はよく飲みに行くくせに、私が飲みにいったりするのはNGて、どうなの?」
 「私だって働いてるのに家事全般押し付けられて、それで文句いわれてもさぁ。ねぇ?」
 我ながら “よーやるなぁ〜” と思いながらも、その頃にはボクもすっかりイラストレーターという名のニートになっていたものですから、まぁ早い話が暇を持て余していたので、それはそれは親身になって彼女の話を流したものですが、まぁ〜はっきり言って案の定である。
 そして、彼女からの報告は日を追うごとに下世話な方向に展開し、ついにはカップルの終末を予感させるのに十分な内容へと進展した。
 「最近ずっとしてないんだよね...... セックス」
 しらねぇよ......。
 っていうか、聞きたくないのである。そんな話。
 「疲れてるんじゃない?」
 適当な気休めを言う自分にも嫌気がさすのだが、仲が良くともそこはやはり対女性。冗談言ってイジリ倒そうもんなら、サイテー呼ばわり、スケベ扱い、矛先がこちらでなければ、勝手に傷ついて10年は引きこもりそうな気配はある。親しき中にも礼儀ありということで、ここはボクも彼女の心に寄り添って真面目にアドバイス。
 「Eはさ、やっぱ、ほら、顔面が『メン・イン・ブラック』に出てくるアレっぽいから。化粧なり何なり、もうちょっと人類に近付けてみるってのは...... どう?」
 「失礼だし!!」
 怒られてしまった。まぁ、いい。とにかく、裸にジェラートピケのパーカー1枚だとか、ブラジリアンワックスしてみるとか、お部屋に三角木馬だとか、武田久美子ばりに下着を貝殻(アサリ)にして1週間着用、後日それでダシをとってみるとか、彼のイマジネーションを掻き立てる努力をしてみることである。滅私奉公。& 女豹になれ!!
 「女豹かぁ。なってるんだけどなぁ......」
 なってるんだ(笑)
 だとしたら、事態は深刻になる。忖度しててもしょうがない。もはやかける言葉はこれしかなかった。
 「ミーティングを開きなさい」
 『最後の恋のはじめ方』でウィル・スミスも言っている。恋愛における最大の問題は “誤解” や “思い込み” だと。話し合いである。意思疎通。齟齬調整。情報共有ね。
 「わかった...... そうしてみるぅ」 
 で、それからしばらく彼女からのTELは途絶えることになるのだが、久しぶりに受けた連絡で二人の関係の転化を知る。
 「彼氏と別れました〜」
 間がなかっただけに、なんとも呆気ない結末。で、事の顛末を聞いた。
 きっかけは久しぶりに繰り広げられたセックスだったという。
 没交渉のお悩み相談を受けたあの電話からのち、話し合ってわだかまりが解けたのか、何ヶ月ぶりかのセックスに至ったという二人。
 「いつもと違ったんだよねぇ〜」
 もはやすっかり気持ちを切り替えていた彼女がおどけるように述懐した。
 言葉のテイストとしては、“久しぶりのセックスにさぞ燃えた” ようにも汲み取れるのだが、最後まで話を聞くとそうじゃなかった。
 その時Eが感じたのは異変。違和感。引っかかり。彼女はその時を静かに振り返った。
 「イッた時のね。量が違ったのよ。精子の」
 えぇぇ!!?
 何を言い出したの、この人は!? である。
 失恋のショックで急〜に生物学にでも目覚めたかと、逆にこちらが動転させられてしまったのだが、彼女は至って正気だった。
 「ゴムして、中でイクでしょお? そん時に、明らかにいつもと射精の感触が違ったのよ」
 いや、淡々と知らない国の話をするな!! 何!? それ? 日ハムの大谷の球を受ける大野(捕手)の心境!?
 そうなのである。割とトンチンカンな女だと思っていた彼女は実はその方面ではディテールな人だったのである。
 そしてわかりすぎてしまった彼女は、そこから独自のプロファイリングによってある疑惑を彼氏に投げかけたのだという。
 「浮気...... してる?」
 ♪ジャジャッ ジャッ ジャジャン!(『いいわけ(シャ乱Q)』のイントロ)
 つまりこういうことだった。彼女は射精の量がいつもより少ないと感じた。しかしここ最近セックスなんてしていない。朝はすぐに仕事に行くし、帰ってきても早々に床に就く。オナニーしてる気配なんて微塵も感じない。じゃあ一体なぜ射精の量が前と違うの? まさか......。そんな......。嘘でしょ? そういえば最近元カノとよく連絡をとっているような......。ひょっとして......。いや、まさか......。でも......。うん。きっと、そう!!
 当て推量もいいところである。
 んなもん、射精の量なんて体調によっても変わるだろうし、Eの目を盗んでオナニーだってしまくってたに決まっとる。帰りにフラッと風俗みたいなことも余裕でありえるし、早漏対策でプレイ前にトイレで一本抜いてたやもしれん。とにかくなんぼなんでも早計。論拠に乏しすぎる。
 Eの彼氏も疑惑に対してハッキリ応えたという。
 「ゴメン!!!!」
 って、正直〜っ!!(ズッコケ)
 まさかの的中。デタラメに投げた球がストライクとったみたいな。
 フツーに浮気してたのであった。
 いやはや全く、真面目なのか不真面目なのか素直なのかバカなのかよーわからんが、しかし共同生活自体すでに上手く噛み合ってなかった二人にとってはもはや事の事実はどうでもよかったのかもしれない。
 とにかく二人の関係はこれにてノーサイド。同棲は解消され、恋は終わった。
 いつかはバレていたんだろうし、結果的には別れて正解だったかもしれない。が、浮気をされたというショックそのものに少なからずともEが落ち込んだであろうことは紛うことなき事実。
 それもこれも全てはEがその分野のディテールに精通していたせいである。
 つまり、“わかりすぎる” ということは、知りたくもないことまで知ってしまう、わからんでいいことまでわかってしまうという副作用を孕んだ諸刃の剣なのであった。
 “何かを得ることは何かを失うこと” とはよく言ったものだが、本物の天才や芸術家の喪失感たるや如何なものなのか。彼らが短命なのも納得がいくというもんなんでしょうな。
 かといって、じゃあ、やっぱりバカでいることが幸せなのかというと、バカはバカなりに大変な思いをすることもあるわけだから、人生というのはやはり複雑である。
 とりあえず、女性の中には射精を意識する戦闘民族がいるということですので、男性諸君はそこらへんディテールでね、うま〜くコントロール出来るよう日々精進してみて下さい。


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