『コミュニケーション・イリュージョン』


 “お洒落は足下から” とはよく聞く言葉だが、ことファッションに関してボクにとってかなりぞんざいなパーツがその足下だ。
 優先順位でいうと限りなく下。
 靴下だってテキトーで、バンバン穴あいてるし、毛玉すごいし、手持ちの靴は常に安いスニーカー1足っきり。もちろん、何年も前に買ったものをヘビロテで延々履き続けるもんだから、底なんか磨り減りすぎちゃって、実情裸足。まるで関心が薄いのである。
 しかし、さすがにこのままでは藤子・F・不二雄のSF短編みたいに、足が反乱を起こしそうだったので、そろそろ新しい靴を買わなくちゃ(北川悦吏子)と重い腰をあげるに至った今日この頃。
 そういえば、『フォレスト・ガンプ』で確かママもこう言っていたっけ。
 「靴で人がわかる」
 いや、ダメぢゃん! オレ!!
 というわけで、ボクはその日新宿にいた。
 最近はもっぱらネットでしか物を買わなくなっていたので、ひさしぶりの外出ショッピング。
 で、ベタ〜にセレクトショップを転々としていたのだが、そのうちにはたと思い出す。
 自分が買い物を苦手としていたことを。
 いや、買い物が苦手というよりも、正確には店員が苦手。
 うっとおしいのである。
 トルネコの大冒険でモンスターがズンズン寄ってくるみたいに、店員もズンズン寄ってきて、なんていうかもう怖い!
 こちとら、バリバリの対人恐怖症。一杯好きなのおごるから、オレが店内回ってる間は全員スタバで茶でもシバいててもらいたいね。実際問題。万引きなんてしないから。
 とにかくそっとしておいて欲しいのである。だが、当然そっとしておいてくれるはずもない。だって、皆さんそれが仕事なんだもの。
 要するに、こちらがなんとかうまいことやるしかないのだ。結局。
 そういうわけで、店員との接触を避けるべく、常人には見えない速度で店内を巡回しつつブツを物色するのだが、さすがに買おうか悩んだ商品に関しては試着したい堅実なオレ。黙って履くのも全然OKなのだろうが、いかんせんサイズの問題がある。
 致し方ない。意を決して店員さんに声をかけ試着させてもらうわけだが、まぁ〜やっぱり試着中の時間の気まずさと切なさと心許なさときたら、生きた心地がしないね。ちゅーか、アレなんで店員さん横で見守ってんスかね。
 『アオイホノオ』の柳楽優弥ばりに顔面大粒の汗でバリバリ動揺 & テンパりMAX。居たたまれなさに耐えきれず、思わず往年の持ちジョークも炸裂してしまう。
 「こ、この靴の側面の “N” というロゴは、“ニシノ” の “N” ですか?」
 意味がわからない。
 ニシノってなんだ。ニシノって。いや、まぁ、オレの名前なんですけども、とにかく立ち仕事で疲れているであろう店員さんの疲れが二倍になること必至。実際、それを聞かされた店員さんも苦笑い。
 当然、こちらとしても言いながら後悔しているわけだが、中には感情のない店員というのもいるもので、どこの国のジョークともわからないボクのこの謎のセリフにこんなリアクションで応えてくるヤツもいるのである。
 「そうなんスYO〜! 今、流行のニシノのNっす! イェイイェイ!!」
 やめろっつの! 自分で言っといてなんなんだが。
 たぶん、あと30分かそこらでバイト上がりなのだろう。ラストスパートのテンションなのはよくわかるのだが、ノりゃいいってもんじゃないんだよ。まったく。おもねりゃいいってもんでもないしさ。そこらへん、最後まで気を抜かず、丁寧にこなしてくんなきゃ。頼むよ。マジで。ねぇ? 聞いてる?
 まぁ、いい。
 とにかく、店員にはナーバスなのだ。オレは。
 だからこそ、彼らの所作にも無意識に目が光るわけだが、やっぱり店員たるもの躊躇があってはいかんと思うね。接客に。
 例えば、「こっちの色とこっちの色、どっちがいいと思います?」なんていう、店員サイドからしたら “こちらに委ねられましても......” というようなしょ〜もない質問1つとっても、「うーん......、どうですかねぇ。どちらも併せやすいとは思うんですけどぉ......」と歯切れ悪く言い淀まれるのと、「こちらの色が無難ですね」とキッパリ断言されるのでは、同じ店員でも抱く印象が違う。
 要するに、後者の方が助かるのである。こっちとしてもいちお決め手を欲して聞いてるだけに。
 例えその情報が口から出任せであったとしても、堂々とテンポよく言い切られる清々しさに、不思議とこちらもコンフィデンス。
 事もスムーズに展開するというもんなのだ。
 つまり何が言いたいのかというと、優柔不断だということですね。ボクが。
 そして同時に今回ここで注目したいのが、そんな人見知り且つ優柔不断なボクを丸め込むだけの訴求力と説得力が、“堂々とした・躊躇のない態度” というものによって演出可であるという事実についてである。
 これはボクが小学6年の頃の話。
 二学期に入り、修学旅行を前に班決めをするという一幕でのこと。
 その当時の担任がまた熱血漢バリバリの変わった男の先生だったのだが、いつも何かあるごとに一癖あるアイデアを押し付けてくる迷惑な教師で、その日もあだち充キャラのような「ムフ♥」顔でボクら生徒にこんな指示を出してきたのであった。
 「よ〜し、お前ら〜! まず男同士・女同士でペアになれ〜!」
 言われるがまま、仲の良い男同士、女同士でペアになる従順なボクら。するとどうだ。担任は手をポンと叩き、エロ顔満開で衝撃の本題を切り出してきたのである。
 「はい。じゃあ、男側から、組みたい女子コンビにプロポーーーズ!!」
 ねるとん紅鯨団が一世を風靡していた当時。担任の公私混同が露骨に打ち出されたであろう瞬間であった。
 教室がざわついた。
 というか、女子がキャピついて、男子がたじろいだ。
 思春期の入り口。女子への恥じらいの芽生え。
 “このボケ! なんちゅーめんどくさい決め方をさせるんじゃい!”
 男子全員が担任を睨んだ。
 っちゅーか、表現が悪い。「プロポーズ」なんて妙な言葉を使うもんだから、こちとらも当然の気後れ。
 すると、そんなこちらの気持ちも意に介さず、担任がさらに事を荒立てる設定を追加してくるではないか。
 「ちなみに、男子は組んで欲しい女子を決めたら、その女子達の前に立って、“付き合って下さい” と言え〜! わかったかぁ〜!?」
 殺すぞ!!
 はっきり言ってそう思ったよ。マジで。
 付き合うということがどういうことかも曖昧なボクらではあったが、何か漠然とした恥ずかしさがそこにあることだけは確かで、男子陣は一斉に妙な緊張感に包まれた。と、同時に、そんな空気を察した担任のアジりにも拍車がかかる。
 「ほら! 早くしないと、自分の好きな女子が他のヤツにとられちゃうぞぉ〜! アタック、アタ〜ック!!」
 下品な野郎だ......。王様の遊びか? コラ。
 しかし、小学生の世界においては担任の言うことは絶対。
 女子にアタックして、グループを成立させるしかこのゲームを終わらせる手立てがないことをボクは瞬時で察知した。
 こういうことは後に残れば残るほど惨めな結末が待っているということも......。
 躊躇してはいけない!
 先手必勝。ボクはいの一番で挙手。
 「お、アポロ。いくか!? 誰いく!? 誰いく!!?」
 興奮する担任。無視である。
 ちなみにいっておくと、ボクと組んでいる相方(リョウくん)の意向も無視である。
 ボクはAちゃんと、Yちゃんというコ達のコンビの前に立った。
 ここで説明しておくと、AちゃんとYちゃんはいうまでもなく、クラスの中で人気のある女子ワン・ツー的な感じではない。割とクラスで目立っているほうかな、というぐらいの絶妙なライン。ここらへんがなんともまぁ〜、我ながら根性のきまりの悪いところではあるのだが、とにかくボクは彼女達にキッパリと告げた。
 「オレらと付き合って下さい」
 静まる教室。石橋貴明ばりに結果を煽る担任。
 「さぁ、AとY!! 応えは......!?」
 二人の女子はお互いの目を見合うと、無駄に照れながら小さく頷いた。
 「はい......」
 「カップル成立ぅぅぅぅーーーーー!! はい、拍手ぅー!」
 パチパチパチパチ。
 晴れて第一のカップルとなれたのであった。
 正直、心底ホッとした。志望校をやや低めに設定したとはいえ(失礼)、断られなくてよかったという安堵感と、この下らないゲームをさっさと終わらせることが出来た開放感。最高だ。リョウくんはまだ状況が飲み込めていないようだが。
 そして、ひとたびゲームを降りれば、こっからのオレの立ち位置はもはや担任側。余裕でこのゲームを高みの見物出来るというもんで、ボクは腕を組んで意気揚々と担任の横にポジショニングした。
 すると、どうだ。そんなボクを見て我に返ったのか、モジモジしていた他の男子達の目の色も変わった。
 “早くしないとエラいことになる!”
 そっからは、もう戦争。
 「付き合って下さい!」「ちょっ、ちょっと待ったぁぁー!!」「ごめんなさい......」「えぇぇ!? なぜ!!?」
 すったもんだの大騒動。
 そして、最後の最後まで残った男女ペアが不本意ながらカップリングした時のあの男女共からに醸し出された “修学旅行終わった......” 感。
 凄惨極まりない。
 い〜ち抜けたっ! の気分で口笛吹いてたオレもいささか担任の根性を疑ったよ。マジで。
 やはり躊躇はいかん。事の良し悪しは置いといて。こういうことになる。
 しかし、この躊躇のないボクの行動が、思いも寄らぬ事態をも招くこととなる。
 というのも、修学旅行が終わったある時期から、学校中にこんな噂が蔓延したのだ。
 「アポロはAちゃんのことが好き」
 耳が落ちたよ。自分の耳に届いた時はさ。
 そしてその噂はもはや自分の学年だけにとどまらず、5年生・4年生の後輩ちゃんにまでコンテイジョン。
 誰だ!? 犯人は!!!!
 ボクは、必死になってその情報の根源を辿った。事の発端。噂の大本。事件の真犯人。
 そしてまもなくしてその星が割れることになるのだが、ボクは愕然とした。
 そう。それはなんと他ならない “Aちゃん” その人だったのだ。
 ボクはすかさずAちゃんに詰め寄り、理由を問い質した。と、Aちゃんはまったく悪びれる様子もなく理路整然とこう述懐するのであった。
 「修学旅行のとき告白された」
 ボクの顔のいろんなパーツが床に落ちた。
 ちょっと待ってくれ! である。話がぶっ飛びすぎてる。どこのパラレルワールドのお話!? それ!? である。
 告白はしていないし、ひょっとして班決めのときのことを言っているのだとしたら、あれは単なる担任の思いつき。ゲームの設定みたいなもんではないか。
 ボクは事実を並べAを説得した。説得したというか、“どういう時空のねじ曲げ方をしたらそうなんねや!” と説教をした。
 が、Aの謎の確信は揺るがない。そして、今にも泣き出しそうな状態になると、ボクに向かってこう絶叫したのである。
 「あの時、ためらわずに言ってくれたってことは、本当に好きだったってことでしょっ!?」
 そうなの!?
 脳ミソがスパークした。
 まぁ、完全に誤解 & 不本意だったのだが、兎にも角にもだ。あの時のボクの躊躇のない態度に彼女がある種のリアリティーを感じとっていたことは紛れもない事実。やはり堂々とするその様には不思議な説得力が生じてくるのであった。
 とはいえ、この場合のそれは “コミュニケーション・イリュージョン” とでも言いましょうか。Aちゃんに対してこちらに全くその気がなかったことからも推知いただけると思うが、この時生じた説得力そのものが受け手側の錯覚によるものであることに余儀はない。
 ともすれば、コミュニケーションというものがいかに手管な要素を孕むものであるかということもよ〜くわかってくるのだが、実際相手から誤解させられたり、錯覚させられたりすることで受け手が救われるという状況があるというのもまた事実。で、それこそがまさに買い物時における客だったりもするわけなんですね。
 と、こじつけたところで、先程のお買い物なボクに話を戻そう。
 いろいろと店を回るなか、あるお店での試着の最中に例のごとく気まずさを打ち消すため、ボクが店員さんにこんな質問をする場面があった。
 「同じブランドで似たようなスニーカーなのに、なんで値段に差があるんですか?」
 こういう細か〜いこと聞く客いるよね。まぁ、こちらとしてはパニクってのことなので当然答えなんてどーでもいいわけだが、次の瞬間。その店員さん、屈託のない笑顔でズバリこう即答してくれたのであった。
 「少々お待ち下しゃい!」
 わかんないんですね、要するに。
 相当店を回って疲労で完全にラリってたこの時のオレだ。“それぐらいちゃんと抑えとけや!” なんて、心の狭いことを思って、靴下に仕込んであるベレッタを店員の眉間に突きつけていてもおかしくない状況だっただろう。が、その迷いのない堂々とした潔さともとれる態度を前にこの時のボクはといえば、その態度から醸し出された説得力によってか、こう思ったのである。
 “待つわ!”
 あみん(岡村孝子・加藤晴子)ね。そしてこう思うに至った。
 “この店員、デキル!!”
 好感。
 “貴様の匙加減ではないか” と、言われてしまえばもはやその通りなのだが、そういうことも引っ括めてである。
 人が相手から受ける印象や、相手に抱く印象なんぞ玉虫色だということです。
 『ビッグ・アイズ』という映画で、クリストフ・ヴァルツが「客は絵を気分で買うんだ!」みたいなことを豪語して否定されていたような気がしたが、実際人間のモノの捉え方なんてそんなもんなのだ。何につけても曖昧でいい加減。
 だからこそ、人は意味や価値に強く執着するし、ディテールにこだわろうともするわけだが、所詮はそれも表層の飾り。その実態はいつだって心許ないのである。
 多くのことはあってないようなものであり、何の当てにもならん。

 というわけで、お買い物に出かけたボクの結末も結局はこうなるのであった。
 “買わない”
 フォレスト・ガンプのママの言うことは正しい。


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