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『残暑の妙』
人生の勘所とは間違いなく「塩梅」である。
それは人間がアンビバレントな生き物であるがゆえ。
自然界から堕落し、他の動物のようにシンプルかつ決定的に生きていくことが出来ないがために生じてしまった悲しみのフィロソフィー。
だからこそ面白いとも言えれば、だからこそシンドイのが人生で、あらゆるもので溢れ、曖昧になってしまったこの世界にあって、人は日夜、“ちょ〜どいいところ” を狙い、求め、悩み、迷い、奔走しているわけだが、そんな「塩梅」な世界において、歓迎されるべき瞬間がこの言葉に凝縮されている。
“絶妙”。
バッターの身体近く、内角一杯見せ球を放り込んだ後に、外角低めギリギリのストレート。
「ここに投げられたらバッターも手が出ません!」
実況が思わずそう言い切ってしまうような。そんなぴったんこカン☆カンなグッド・パフォーム。ベスト・アプローチ。
調和的且つ親和的、ジャストでマッチでフィットでナイスなポイント & ゾーン。
非の打ち所なし。ぐうの音も出ず、揺るぎない。
そんな “絶妙” な瞬間を前にして、人はいつだって感嘆のアティチュード。
どんな場合においても、成り行きを飲み込ませ、成立させる。そんなバランスの妙技。そう、それが “絶妙” であり、“絶妙” が “絶妙” たる所以である。
この夏の終わり。一通のハガキがボクの元に届いていた。
差出人は、同業・室木おすし氏。
毎年夏になるとボクは暑中見舞い、あるいは残暑見舞いをお世話になってる人・近しい人に一方的に送りつけているのだが、要はそのお返事だった。が、ポストに入っていたそのハガキの表面、差出人欄を先ず以て確認したボクはといえば、ドキドキしていた。そう、動揺していたのである。
“室木さんから返信? まさか...... そんなバカな......”
疑心暗鬼だった。
“頭でも...... ブツけたか!?”
思うよ、そりゃ。なんせ、これまで返事なんて一度だってもらったことがなかったわけで。
らしくないことをされれば、誰だって訝しむ。
急〜に友達から100万自分の口座に送金されたような。要はそんな不審感 & 戸惑い。
出し抜け。予想外。意表突き。
“何なんだ一体......”
いや、まず間違いなく残暑見舞いの返事なのである。そうでしょうよ。どう考えたって。とはいえ、どうにも怖かった。裏面を見るのが。
「ニシノくんのダメなとこ」
箇条書きでズラ〜〜っと書いてあったらどうする!? オレは立っていられるか!!?
あるいは、全部カタカナで「レンラク コウ シチコクヤマ」(トトロ)とか!?
「ゲン オクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」(まんが道)みたいな!?
いや、まてよ。まさか......。
「3日以内に5人にコレと同じ内容のハガキを送らないとニシノくんに不幸が訪れます」
これはないよな!? 送れるような知り合い5人もいないぞ!? オレは!!!!
冷汗三斗。ボクは勇気を振り絞り、震える手でハガキをおもむろに裏返してみた。
するとどうだ。裏面の肝心な部分を隠すように、何やら別の紙がペッタリ貼付けられているではないか。
“何これ?”
目を通すと、どうやらそれは郵便局側からの通達。
そこには太字でこう記されてあった。
“料金不足のお知らせ”
続けてこの説明。
“お届けした郵便物の料金が10円不足しております。ひとまずお届けすることにしましたが、受け取りにつきまして、①②のいずれかの方法をご選択ください”
初めての展開だった。
おそらく、室木さんは郵便料金が値上がりしたことを知らなかったのだろう。切手部分は、YES 52円。
値上がりが浸透するまでの郵便局側の配慮だろうか。とにかく、料金が足りてない郵便物がボクの手元に今届いているというこの現実。
選択の欄をみてみると、そこにはざっくりこう表記されてあった。
“①郵便物をこのまま受け取りになる場合、不足料金をお支払いいただきます。お近くの郵便局にお支払いください。”
“②郵便物を受け取りにならない場合、お手数ですが速やかに受け取り拒否のサインの小紙片を郵便物にはり付けた上、お近くのポストにお出しください。”
な〜るほど。
淡々と書かれてあるが、これはなかなかどうしたもんか。
やんわりメンドイ。
しかもだ。こんなもん答えは決まっているのである。
なんせ、②の選択はない。たかが10円の料金不足で。しかも、室木さんとボクの間柄だ。こんなドライなアクションを起こせるはずがないし、起こす必要もないし、起こす気にもならないし、起こす気すら毛頭ない。仮にこんなんで突き返そうもんなら、末代まで室木家に笑われることだろう。笑われなくても、室木さんの娘に「銭ゲバおじさん」と呼ばれること必至。
だから、必然的に①だ。①の選択になる。
100円でも同じだ。1000円だったら、ちょっと考えるかも。
とはいえ。
されど10円というか、オレが残暑見舞いの返事の郵便料金を若干もつという、ホントに0.0001ミクロンぐらいの違和感というか、引っ掛かりは...... まぁ、ないこともない。いや、実際、そんなもんは全然ない。ないんです。こうやって書いちゃってる時点で信用してもらえないかもしれないが、そうじゃなくて。単純に客観的事実として、状況として、そういう見方もあるということであってね。本心はそりゃもう、どんな形であれ、お返事もらえるだけで感謝感激雨アラレ。なんならそのお礼にこっちがドンペリ一本あけたいぐらいですから。ええ。
そういうケチ臭い話じゃなく。
要はそういう見方がありつつも、選択肢としては有り得ないというか。全く何の問題とも感じさせないというか。切られてるのに切られたことにこっちが気付かないというか、そういうカマイタチの仕事のような巧みさというか、南斗聖拳のような鮮やかさというか。
とにかく、この10円はもうこっちの責任問題なのである。
つまり、何が言いたいのかというと、何の違和感もなく受け取る側の責任問題にしてしまうようなこの10円という不足額。諸条件。まさに、ジャスト・ライト。
ボクはハガキを眺め、一連の条件を頭で整理・反芻しながら、失笑。思わずその場でこう呟いていたのであった。
「絶妙だなぁ......」
もはや感心。
そんなわけで、納得の心持ちで郵便局に出向き、不足料金分をお支払い。
絶妙・イズ・スムーズ。
塩梅を抑えるということの本分は、すなわち、こういうことでもあるのであった。
とはいえ、ついでながら補足しておくが、複眼的には、同じ状況でも納得出来ず不承不承支払いに行く人もいるだろうし、たかが10円でグチグチ言ってくる人もいるわけで、当然のことながらボクにとっての “絶妙” が他人にとっての “絶妙” とは限らないわけだから、人生はやはり単純じゃない。
言うは易く行うは難し。
理解と行動は必ずしも一致しないし、行動したとて、思った通りに事が運ぶとは限らない。
イスカの嘴(はし)の食い違い。
だからこそ面白いとも言えれば、だからこそシンドイのが......(以下略)。
それはいい。肝心の室木さんのハガキである。
郵便局側の通達を引き取ったボクは、改めてハガキの裏面を確認。その内容はやはり残暑見舞いのお返事的なものであったが、そこには室木さん特有の味のあるイラストとともに一言、こう言葉が添えられていたのであった。
“残残残暑お見舞い申し上げます”
これは......。
そう。その脇をみると小さくペン書きでこの補足。
“前前前世 みたいでしょ。 おすし”
ブラボー。
絶妙である。コメントも。おかげで残暑厳しい折、ちょうどいい温度になりました。
というわけで、ハガキ一枚、“絶妙” を噛み締めたそんな残暑の候。
また一つ、夏が終わる。
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