『言行の主客』


 例えば友人が悩んでいる。
 仕事の悩み、人間関係の悩み、身体的な悩み、何でもいいのだが、ソレに対してよかれと思ってボクが助言したとしよう。
 では、内容の正誤はさておき、その助言に沿って相手に何かしら影響を与えたとすれば、その決め手となって作用しているものは何か。
 これがざっくり捉えるところの “説得力” というヤツである。
 説得力と一口にいってもその発生や有りよう、影響の及び方は状況によって様々だが、例えば漫画『スラムダンク』での安西先生の金言「あきらめたらそこで試合終了だよ」というこのセリフ。同じようなことをイチローのような不屈の精神をもち、それを体現している人が言うとどうだろう。これが「そうだよな!」と思えてもくる。が、ニートの引きこもりにポテチ頬張りながら言われたとなれば大方がそれに際してはこう感じるわけである。
 “てめぇーが言うな!”
 つまり、発言者すなわち発信元の行状との関連、これが説得力において一つの重要なポイントになっていることはまず間違いないのだ。
 子供時代。従順でマジメな少年だったボクがおそらく初めて明確に大人に対してツッコみの気持ちを抱いた出来事があった。あれは小学6年の頃だったと思うが、忘れもしない。児童にとって至福の一時、給食の時間に起こった不信の記憶。
 ここで突然だが、皆さんは「浜納豆」なるものをご存知だろうか。
 これはボクの地元、静岡県浜松市の名産らしいのだが、見た目はシカの糞(フン)。その味はというとビジュアルに比例したトリッキーさで、あくまで個人的な感想として受け取っていただければと思うのだが、ぶっちゃけ筆舌に尽くし難いほど激マズな、納豆と名乗るには納豆に失礼すぎるほど納豆らしからぬ糸を引かない黒い豆のことでして、コイツがまた迷惑なことに名産ということもあってか通っていた小学校の給食のメニューにたま〜にスタメン入りしてきたもんだから、当時児童だったボクやクラスメートは彼の出現に戦々兢々。献立発表時にヤツの名が明記されれば、何でも食い散らかすクラス1の大食漢・ケンジくん(綱引きのとき一番後ろ)を含めたクラスメートの誰もがそのXデーまで緊張して震えるという、生徒泣かせのリーサル・ウエポン。
 何よりコイツの登場によって殊更泣きをみるはめになるのがその配膳を担当することになってしまった給食当番で、その実害はというと、まぁ〜とにかく捌けないのである。
 というのも、誰もが少なめに要求するもんだから毎度ボウル一杯に余ってしまい、担当の当番はというとキレイに分け終えるまでみんなの机を回り続けなければならず、それでも延々拒否され、いつまでたってもその任が解けないという苦渋のネバーエンディング・ストーリー。まさに配膳地獄。これが威勢のいいジャイアンみたいなヤツだったら強引に配りきることも出来ようが、ある日の「浜納豆」登板日。その係を “ハマジ” という『ちびまる子ちゃん』に出てくる同名キャラそっくりなクラスきってのいじられ男が担当してしまったのだった。
 相手がそんなハマジともなれば、配られ側も当然強気 & 悪ふざけが過ぎて、その日の浜納豆の分配具合は過去最低。
 案の定一巡で配りきることが出来るはずもなく、ハマジは通例どおりボウル片手に各机を行脚するはめに陥っていた。が、無論誰も周回してくるハマジと目を合わせようともしない。さすがに可哀想だと思った連中がいくらか協力はしていたが、それも雀の涙で、ハマジの表情はみるみる曇っていく。そして、いよいよハマジが半ベソかきだしたかと思われたその時。堪え兼ねた一人の男が静かに立ち上がるとみんなに向かって言うのであった。
 「じゃあ...... 手をあわせてください。はい、いただきます!!」
 号令係による無情の “いただきます”。
 無分別というか悪気がないというか、まぁ〜はっきりいって鬼である。普通に「いただきます」といって給食を食べ始める周りも周りだが、しかしかといってこれは別にハマジを積極的にイジめたくてやっているわけでもなく。致し方なし。ただただ浜納豆がイヤだという思いの反映に過ぎないのであった。余裕が失われたときの人間の冷酷さたるや斯くも恐ろしきである。
 みんながさっさと給食に食らいつく中、それでも机を回ってなんとか配りきろうと奮闘するハマジ。しかし、やはり一向にさばくことが出来ず、途方に暮れたハマジはというと、とうとうオブジェ化。棒立ち状態になると、ついには泣き出してしまった。そんなハマジの様子にさすがの面々も気まずさMAX。クラスの誰もが良心の呵責に苛まれ、戸惑い、うろたえていると、次の瞬間。
 一連の状況を黙って見守っていた教師びんびん物語・校内イチの熱血教師である担任のN先生がここでついに咆哮。
 「お前らぁぁああぁ、ゴォラァぁぁあぁぁ!!!!!!!(怒)」
 この担任、事あるごとにボクら生徒に対して「説教」という名の激昂を頻繁に起こす愛すべき乱暴教師だったので、“そろそろ担任キレんじゃねぇか?” と誰もがうっすら感じ始めていたところでのこの説教タイム突入には、ボクら生徒サイドも思わず嘆息。“あ〜あ、始まっちゃったよ......” の顔色。全員箸を置いて項垂れる中、担任の怒号が静まり返った教室の中で反響した。
 「おい! ハマジが困ってんのになんで誰ももらってやろうとしねぇんだ、あぁん!!!?」
 「助け合いの気持ち、思い遣りの気持ちってもんがオメェらにはねぇのか!? コラぁぁあぁ!!!」
 「ハッキリいって最低だぞ!!? そんなヤツ、人として最悪だからな!!!? わかってんのか、おんどれぇあぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!」
 こうなったら手に負えないことを重々理解しているボクら。ただひたすら黙って罵声を浴び続けていると、ここで通常時からヘラヘラした顔付きに仕上がっている中村ユースケというマコーレ・カルキン(ホーム・アローン時)似のチャーミングな生徒がまんまとその怒りの矛先を向けられてしまう。
 「おい、ユースケ。オマエ、何ヘラヘラしとんぢゃい」
 無論、言い掛かりである。
 すると、担任は静かに黒板のほうへと歩き出し、指し棒がわりに使用するため常時黒板横にセッティングしてある京都土産「切り捨て御免!」という文字が描かれた30cmくらいの刀の形をした布製の棒を手に取った。そして、それを持ってユースケのほうにスタスタ近付いていったかと思えば、おもむろに振りかぶってユースケの脳天をその「切り捨て御免!」でおもいっっっきり、パッカァァーーーーーーーーーーーンッッ!!!!!
 どつく。
 「ヘラヘラしてんじゃねぇぇぇぇぇえぇえぇえぇ!!!!!(激怒)」
 問答無用の鬼軍曹ぶり。
 布製の刀なので大して痛くはないと思うのだが、ユースケが両手で頭を抑えてる姿に爆笑しそうになりつつ、頑張って堪えるボクら。そして、『フルメタル・ジャケット』のハートマンさながら、刀を手の平でポンポンさせながら教室を周回し説教を続ける担任にひたすら真摯な態度で面すること数十分。
 生徒が自主的に声を上げ、手を挙げ、浜納豆をもらいますという声が聞こえてきたところで担任もクールダウンしたのか、給食の時間をほとんど使い切る形でようやく説教タイムが終了。
 “やっと終わった......”
 とはいえ、もはや楽しく給食を食べましょうなんて雰囲気ではない。担任も不機嫌なまま。
 担任の席のすぐ近くに位置していたボクなんかはいつまでも先生の顔色をうかがっていたのだが、説教終了直後、担任が教卓に戻っていくのを忠犬のようにずっと目で追いかけていたその時であった。
 フッと、とんでもない光景がボクの目の中に飛び込んできたのである。
 それは教卓の上。席に着いた担任の目の前に用意されていた先生分の給食。そこに盛りつけられていた浜納豆の内容。
 四粒だった。
 えぇ!!? である。
 こちとらは、一週間分ほどのシカの糞が皿の上に山盛りのっけられてる感じになっているというのに。
 ビックリした。ビックリしすぎて、椅子のうえでブスナリ(あん馬・G難度)を決めてしまいそうになった。
 なんせ、浜納豆がたった四粒… たった四粒しか! 先生殿のお皿に盛りつけられていなかったのだ。
 “......いや、どの口が言ったんだよ!!!!”
 マジメで従順だったこのボクが初めて大人に対して尾崎な気持ちを抱いた瞬間なのであった。
 先生にしてみれば、あくまで生徒間の問題として捉えていたのかもしれないが、子供にそんな割り切りが出来るはずもなく。ただただあの時のボクの目に映っていたのは、自分のことを棚にあげて偉そうなことを言う大人。そう思われてもしょうがないようなキレ方を直前までしていただけに、拭えない不信感があったことは否めず、随分とシラケましたよね、実際。
 と、まぁ〜ボクのこのプチエピソードからも推して知るべしで、とにかく説得力(言葉)というのは何かしら(自分に関する全てともいえる)に依拠するものであるがゆえ、“言うは易く行なうは難し” とでもいいましょうか、ヒジョ〜に眉唾的な側面を併せ持つものなのである。
 言葉を扱う人間そのものが根本的に胡散臭いわけだから、当然といえば当然なのだが、だからこそ理屈、すなわち言葉には首尾一貫性たるものが重要になってくる。
 例えば、欅坂46というアイドルグループがいるが、メッセージ性の強い曲ということで話題を集めていた『サイレントマジョリティー』という曲。どんなもんかと、ご多分に漏れず聴いてみたらば、これがまぁ〜ネオアコ調のエエ感じの曲だったんだけれども、CMでPVの映像と共にガンガン流れていたのを目にした時、そのサビ終わり、彼女達が力強くこう歌っていてボクは思わず一笑してしまった。
 「大人達に支配されるな  この世界は群れていても始まらない」
 というのも、歌ってる本人達が思っきり群れてたのである。そういう皮肉を表現したかったのかどうかはわからんが、そこに意図がなかったとすれば、そりゃブレまっせというお話にもなってくるわけで。投げられた球がナックルボールばりにブレてるとなると捕球する側だって、そりゃ、後逸してしまうというもの。
 難癖っちゃあ難癖なのである。しかし可能性としてそういう突っ込みどころがあるというのはやはり抜けのあるジェンガみたいなもんで、脆いのだ。
 つまり、そこらへんをフォローアップせずして、言葉に血は通いきらず、説得力に芯は通りきらんということなのである。
 とはいえ、先述した通り人間という言葉を放つ本体そのものが先ず以て複雑且つ矛盾に溢れているわけで、突き詰めれば首尾一貫するということ自体がこれはもう不可能に近いという現実がある。
 最近、井の頭公園を散歩していると、『ポケモンGO』をやってるポケモンみたいなヤツらが亡霊のように立ち尽くしていて、個人的には甚だ鬱陶しく、軽蔑はしないけれども、極めて露骨に “商業主義の犬” 然としているその様に、子供がやるならまだしも、いい大人がみっともないと思ってボクは猛烈に嫌悪しているのだが、ふと自分を省みれば、自分だってiPodで曲を聴きながら散歩してたりもするわけで。もし、ながらスマホが危険という観点に立って彼らに意見するとしたら、イヤホンで耳を塞ぎながら歩くのだってよっぽど危険であり、“公園で延々スマホなんかイジってんじゃねぇよ!” と彼らに対して腹立てる自分がいるとするなら、公園で音楽聴きながら歩いてたりする自分の姿を見て腹が立つという人もきっといるのだろうし、そもそも彼らを商業主義の犬呼ばわりする以前に、自分も歴とした商業主義の犬であることには間違いないのだから、結局、口を出す権利など何もないというところに帰結して、言葉を呑まざるを得ない。......といったような一連の内省があらゆる局面において必ず何かしらフィードバックされてしまい、つまり、何かにつけていちいち立つ瀬がない。
 “沈黙は金” とはよくいったものである。かといって、同病相憐れむという方向に転がっては、これはもう共倒れな気もするわけで。ともすれば、行き着くところはもはや行動あるのみ。話を戻せば、ベラベラ喋らず黙々と行動に移す人間の背中にこそ真の説得力というものが芽生えうる、ということなんでしょうな。
 ボクなんかご覧の通り、完全に行動より言葉が先行するタイプというか、行動がもはや付いて来ないような典型的な口先人間なので、つくづく肝に銘じなければいかんと思うのだが、とにかく、言葉はあくまで行動の付属品だという意識を行住坐臥欠かしてはいけない。理念を語ることなど誰にでも出来ることであり、語るだけの行為に何の意味もないのだから。
 加えて、これは行動の付属としての言葉ということにはなるのだが、よく自分のしたことがいかに大変だったか、大変か、みたいなことを自分から仰々しく且つ厚かましく語る人間というのがいる。あれはあれで、実際行動したうえでの発言という部分では口出し出来ないおもむきがあるが、はっきりいって鬱陶しい。見苦しいうえに、心底ダサいと思う。ああいうのは単純に神経を疑うね。よくもまぁ〜恥ずかし気もなくそんな発言できますね? ってなもんである。自分の自我を満たし慰めるための言葉など他人にとってはただの雑音にしかなりえないというところで、誤解と混同のないように気を配らなければいけません。
 するとじゃあ、現状そういう言葉の数々をこうやってツラツラ文字にして綴っているボク自身はどうなのか? ......というと、つまりこれが簡単な話で、いわゆる口舌の徒、薄っぺらい人間の代表、スノッブ最右翼といった部分で説得力をもっている愚人の典型ということになるわけですね。
 まさに、厚顔無恥。
 反面教師にしていただければ幸いである。


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